第2話:ぼくがイケメン過ぎた件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくがこっそり同人誌即売会で、女装コスプレしている事がバレてしまいました。

 社長は、ぼくのことを、〝男の〟と命名しました。

 でもって、会社の試用期間中デザイナーの女の子と、〝乙女ゲー〟? を作れと命令してきました。


 ちょっと意味がわかりません。


 あと白状すると、ぼくは今、めちゃくちゃ緊張しています。理由は、新人デザイナー癸生川けぶかわさんが、ぼくのドストライクの、めちゃくちゃ美少女だからです。

 地味ショートの地味性格のはにかんだ笑顔が最高に可愛い美少女だからです。


 姉さん! ぼく、どうすればいいんだろう……。

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 新人のプランナーぼくと、試用期間中のデザイナーの女の子、癸生川けぶかわさんは、パーテーションで区切られただけのミーティングルームに、ふたりっきりで取り残された。


 どうすればいいんだろう……。


 いや、やるしかないんだろう。社長の発子はつこさんはそう言う人だ。

 発子はつこさんの命令は絶対だ。

 そして、発子はつこさんが命令すると言うことは、不可能ではないということだ。むしろ堅実ということだ。


 社長の発子はつこさんは、ちょくちょく社員にむちゃぶりをする。

 むちゃぶりをするけど、そんなむちゃぶりは大抵まかり通る。思いの外スムーズにまかりとおる。


 なぜなら、作家をめざしていた先輩の空塚からつかさんが書いたシナリオを読んだあと「仕事はほどほどにして、とっとと文学賞に公募しろ!」と言ったら、大賞をとって作家デビューをした。

 さらに、なんでもできる敏腕ディレクターの鹿島かしまさんに「音響監督をやれ!」と命令したら、鹿島かしまさんは事もなげに音響監督をやってのけた。見事に現場をしきっていた。


 つまり、発子はつこさんの発言は、適当なのだ。一見、いい加減の思いつきに見えるけど、発子はつこさんの言うことは、〝適して当たる〟のだ。すべからく的中するのだ。スゴイ!



 発子はつこさんが「やれ!」と命令したからには、ぼくにはきっと、〝乙女ゲー〟? を作る才能があるんだ。たぶん。


 そして、癸生川けぶさわさんには、キャラクターデザイナー、そして原画を描く才能がある。絶対!


 癸生川けぶさわさんの絵は間違いなく上手い。絶対に上手い! やばいくらい上手い!!

 とくに、スケッチブックに描いてあった、ぼくをモデルに(していると思う)、紫色の魔法少女と、ちょっとドジなメイドロボットのスケッチは、やばいくらい上手い!!

 心を持って行かれそうなくらい、やばいくらい可愛かった。


 でも……。


 可愛く描けるのは、女の子だけじゃなんじゃないかな? イケメンイラストは違うもの。確かにめっちゃイケメンだったけど、何の感情も動かなかった。


 いや、ぼくが、男だからってのも、モチロンあるけど、そういうんじゃなくて、もっと根本的な〝リアル〟がなかった。そう!


 〝リアリティ〟が全くなかった。


 癸生川けぶさわさんが描くイケメンは生きている感じがしない。絵なんだから生きていないのは、まあ当然といえば当然なんだけど、そういうのじゃなくて、いそうな感じ? 〝いて欲しい〟って思わず願いたくなる感じ? それを全く感じなかった。

 ちょっと悪い表現をしてしまうと〝うすっぺら〟かった。

 まあ、紙にかいてるんだし、二次元だし当然なんだけど、そうい言う事じゃなくって、要するに、妄想がふくらまなかった。まったく妄想がはかどらなかった。


 もう一度、確かめよう。もう一度、スケッチブックを観れば、絶対にわかる。


癸生川けぶさわさん」


 癸生川けぶさわさんは、ぼくに声をかけられると、ビクッと肩をふるわせて、陶器のような白い頬が真っ赤に染まった。そして、墨汁をダバダバとかぶったような重い前髪から、色素が薄い、茶色い瞳がのぞいた。潤んだ瞳がぼくを見ていた。


 可愛い。


 ぼくは、可愛い癸生川けぶさわさんにドキドキしながら、努めて冷静にお願いをした。


「そのスケッチブック、もう一度、見せてもらっていもいい?」


 ぼくが、努めて冷静にうわずった声でお願いすると、癸生川けぶさわさんは、とても恥ずかしそうに、頬をあからめて、震えるちいさな手でスケッチブックを差し出した。色素が薄い、茶色の瞳が輝いていた。


 可愛い。


 ぼくは、努めて冷静に震える手でスケッチブックを受け取ると、最初のページから、ゆっくりとスケッチブックをめくっていった。


 最初に描かれていたのは、紫色の髪の毛で、紫色の服を着たの魔法少女だった。

 子供向けのアニメーションのキャラクターで、最初は敵だったけど今は味方になっている人気キャラクターだ。小悪魔的な瞳がとても特徴的なキャラクターだ。


 そしてこのスケッチブックは、そのキャラクターの特徴を、びっくりするくらい捉えていた。オリジナルは、結構特徴がある絵柄で、とくに体のラインが特徴的なんだけど、その雰囲気を崩さないで、自分の解釈で、可愛く再解釈をしていた。


 ちょっと、下品な言い方になるけど〝なまめかし〟かった。端的に言うとエロかった。そして、この紫色の魔法少女のポーズには見覚えがあった。

 いや、アニメのバンクシーンのポーズだから、見覚えがあるのは当然なんだけど、そう言う意味では無く、ついさっき写真で見たポーズだった。ぼくのことを執拗しつように遠巻きでカメラで追いかけていた、あやしいサングラスマスクの女性、つまり崔峰さいほうさんが、ぼくを激写したポーズにそっくりだった。とても〝リアリティ〟があった。


 僕は、スケッチブックをぺらぺらとめくった、今度は、メイドロボットが描かれてあった。これもぼくだった。さっき、発子はつこさんが、ニコニコしながらぼくにみせつけてきた、黒山の人だかりの中心で、はにかみながら、モップがけをしているメイドロボットのコスプレをしているぼくだった。とても〝リアリティ〟に、あふれかえっていた。ぼくは思った。


 天才だ。

 

 癸生川けぶかわさんは、まぎれもなく天才だ。ぼくは、必死こいて練習した。鏡の前で、完璧にメイドロボットを演じるべく、しぐさが絶妙にかわいらしく写るように必死こいて練習した。

 仕事が終わってから、ゲームをやりやながら、姿見の前に立って、あのメイドロボットの可愛らしく尊い様を、この現実世界に再現するために、三次元として、この世界に降臨させんがために、必死こいて努力をしたんだ。

 その努力の結晶を、癸生川けぶかわさんは、いとも簡単に、紙の中に落とし込んでしまっていた。絵にしてしまっていた。二次元に落とし込んでしまっていた。


 天才だ。


 ぼくは、癸生川けぶかわさんの才能を確信しつつ、スケッチブックをペラペラとめくった。そして癸生川けぶかわさんの弱点も、はっきりと判った。


 限定付き天才だ。


 イケメンはてんでダメだった。見た事がないイケメンだから、オリジナルなのかなとおもったら、よくよく見たら有名アイドルグループのメンバーを、癸生川けぶかわさんの画風に落とし込んだものだった。

 でもてんでダメたった。キラキラしているけど、ペラペラだった。うすっぺらかった。まったく〝リアリティ〟を感じなかった。


 限定付き天才だ。


 癸生川けぶかわさんは、要するに女の子を描くのが天才的に上手いけど、男の子を描くのは、テンでダメなタイプなんだ。

 いや、こんなに上手な絵に、ろくに絵を描けやしないぼくが偉そうに言うのはなんなんけど、この絵のキャラクターにシナリオが入っても、声が入ってもペラペラのままの気がした。

 癸生川けぶかわさんは、女の子しか描けないんだ。


 これでは無理だ。社長の言う〝乙女ゲー〟? なんて到底作れっこない。そもそも、女性向けゲームは極端に少ないんだ。きっとゲームを遊ぶ女性も極端に少ないんだ。ゲームってそういうもんなんだ。それがゲームの歴史なんだ。運命なんだ。2000年11月の現在においてもずっと継続している事実なんだ。

 メジャーどころの女性向けゲームなんて、歴史ゲームで有名なゲームメーカーが創ったやつ位しかすぐには思い浮かばない。


 女性向けゲームは、超がつくマイナージャンルなんだ。


 マイナージャンルに、うすっぺらいイケメンしか描けない、なんの実績もないキャラクターデザイナーが担当したゲームなんて、だれが遊ぶんだよ!?


 だめだ。今回ばかりは、発子はつこさんは、見誤っている。

 癸生川けぶかわさんのことを買い被っている。(そしてぼくのことは買い被りすぎている)


 ぼくは、ペラペラとスケッチブックをめくり終えて、発子はつこさんに「無茶です!」と進言することにした。

 最初のページが、ぼくをモデルにした紫色の魔法少女だから、たぶんだけど、崔峰さいほうさんが癸生川けぶかわさんの実習の一貫で、ぼくの写真を、面白半分で癸生川けぶかわさんにスケッチさせたのだろう。そのスケッチを発子はつこさんが見て、面白がって、ぼくのメイドロボットコスプレのスケッチと、イケメンアイドルのスケッチをさせたんだろう。

 でもって、比較的低コストでできる、PCゲームの制作にゴーをだしたんだろう。


 でも、ダメだ。こんなんじゃダメだ。


 神がかり的に可愛い女の子のイラストにくらべて、男の子は全然ダメだ! ぜんぜんイケてない。うすっぺらいイケメンじゃあダメだ。


 なんで、イケメンは描けないんだろう。女の子はあんなに可愛く描けるのに……。

(あ、ちょっとややこしいから弁明します。とは言ってないです。いや少しは可愛い自信があるけど、癸生川けぶかわさんの絵の可愛さは、そんなもんじゃないんです、ぼくのコスプレなんか、足元にも及ばないです)


 ぼくは、はやく最終ページにならないかなと思いながら、ぺらぺらのイケメンが描かれているスケッチブックを素早くめくった。でも、最終ページで手が震えた。


 心が持って行かれた。


 とんでもなく、イケメンの男の子だった。さわやかで、カワイイ、可愛らしいイケメンの男の子だった。でも知らない男の子だった。アイドルにも、俳優にも、アニメにも、ゲームにもいない。だれがモデルなんだろう? さっぱりわからない。

 でも最高にイイ。妄想がはかどる。妄想が溢れ出る。このたった一枚のスケッチで、物語があふれ出る。ヤバイ!


 興奮が抑えられないぼくは、興奮で声を震わせながら、癸生川けぶかわさんに聞いた。


「こ、これ、だれがモデルですか?」


 そう言うと、癸生川けぶかわさんは、真っ赤になった、真っ赤になってうつむいて、墨汁をダバダバとかぶったような重い前髪に、カワイイ瞳を完全に隠した。


 可愛い。


 そして、可愛い癸生川けぶかわさんは、チワワのように肩をふるわしながら、ゆっくりとぼくを指差した。


「ぼく!? いやいやいやいや、全然似てないよ???」


 可憐な美少女の癸生川けぶかわさんは、ぼくの声に驚いて、体をびくつかせた。びくつかせたついでに思わず顔上げた癸生川さんの顔は、ちょっと考えられないくらい真っ赤になっていて、ちょっと考えられないくらい可愛かった。


 可愛かった。

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