倒錯ゲーム開発日誌 〜会社に内緒で〝男の娘〟をしてるのがバレて人生終わったと思ったら美少女の彼女ができて一緒に創った〝乙女ゲーム〟が大ヒットしてしまった。〜

かなたろー

美少女が男の娘に告白されるルート。

第1話:会社に男の娘なのがバレた件。


 西暦2000年11月中旬。


 ぼくはいつものように会社に出社した。

 出社したのはいつものように10時35分。タイムカードを押す。

 ゲームプランナーの朝は早い。遅い気がするかもしれないけど、これでも充分なくらい早い。

 出社しているのは、幼稚園に通う息子さんの都合で9時出社の女性社長と、試用期間中の女性新人デザイナーの癸生川けぶかわさん、あと今日は何故かデザイナーの先輩女性、崔峰さいほうさんもいた。

(いつも12時頃に来る崔峰さいほうさんがいるのはめずらしい)


 ぼくが務めている会社は小さなゲーム制作会社で、ぼくは会社の定時の11時前よりちょっとだけ早く出社して、会社の掃除をする。


 掃除は、下っ端プランナーのぼくの仕事だ。


 土足エリアの玄関とトイレ、土禁エリアのオフィスを、一日おきに交互に掃除する。

 会社の規模は十数人。ちぃちゃい会社だから、オフィスもそんなに大きくない。

だから20分もあれば充分に掃除は丁寧ていねいにいき届く。


 今日は、土禁エリアの掃除の日だ。ぼくは、いつものようにモップがけをしていた。力をこめてモップがけをしていると、とつぜん肩を「ぽん」と叩かれた。


 ビックリした。背筋がゾクゾクした。


 ふりむいたら、社長が立っていた。ニコニコしていた。


「は、発子はつこさん! ビ、ビックリした! 脅かさないでくださいよ」


 社長の名前は、丁長発子ちょうちょうはつこ。なぜか、社長と読んだり苗字でよぶと、嫌な顔をする。なもんで、名前に〝さん〟付け。最初は違和感があったけど、みんなそう呼んでいるからすぐに慣れた。


乙葉おとは君、大事な話がある。すぐに掃除を切り上げて、ミーティングルームに来なさい。ちょっとデリケートな話だから、社員が集まる前がいい」


「……はい。わかりました」


 ついにきたか。


 ぼくは、会社をクビになることを覚悟した。入社してから約7ヶ月、ぼくはろくな成果をあげてない。優秀な先輩ふたりからすると、ぼくは明らかに実力不足だった。なんというか……持って生まれた才能の差を痛感していた。


 ぼくが会社に貢献できていることといったら、掃除と炊事しかない。

 掃除といっても、1日20分くらいだし、炊事といってもご飯を炊くだけだ。


 会社は、白米食べ放題だった。福利厚生? の一環らしい。お金が無くて、彼女がいない男性社員は、目の前にあるスーパーや近所のお惣菜そうざいを屋さんでおかずを買って、みんなでご飯をたべるのが慣例になっていた。ぼくもそのひとりで、ご飯を炊くのは下っ端プランナーのぼくの役目だった。


 それ以外だと、会社の備品の買い出しとか注文。ぼくが会社に貢献できているのはそれくらいだった。


 それ以外で辛うじてできるのは、外注デザイナーさんのスケジュール管理や、制作タイトルがアドベンチャーゲーム(というかギャルゲー)メインの会社では、必須の作業、スクリプトデータ作成だった。(具体的な作業内容は、いつか説明します)


 そんな訳で、ぼくは、会社のお役にほとんど立てていない。

 いつクビになるかと、ビクビクしていた。そして、それが今日なのだ。


 ぼくは、モップを洗ってロッカーに放り込むと、靴を脱いでスリッパに履き替えて、社長の発子はつこさん座っているミーティングルームの椅子に向かった。

 ミーティングルームと言うと聞こえがいいけど、パーテーションで簡素にくぎられただけの六畳ほどで、机と、椅子が六脚置いてあるだけのインスタントな空間だ。

 パーテーションには、今まで開発に携わったゲームポスターが、所狭しと貼られている。


 ぼくは、重い足取りで社長の正面に座った。

 社長……発子はつこさんは、ニコニコしていた。とてつもなくおぞましい同調圧力のオーラーをかもし出しながらニコニコしていた。


 怖い。


 ぼくは、怖い怖い発子はつこさんの顔をビクビクしながら見た。目があった。


 怖い。


 ニコニコ顔の発子はつこさんは、ビクついてるぼくに、いきなり言ってきた。


「君は、今日から〝乙女ゲー〟を創りなさい!」


「は?」


 〝乙女ゲー〟? なんじゃそれ?


「乙女。つまりは、子供からお年寄りまで、全ての女の子の心を鷲掴わしづかみにする、キュンキュンなゲームを創りなさい。君にはその才能がある! ……たぶん」


「は?」


 意味がわからない。全く意味がわからない。


 ぼくが困惑していると、社長は何も言わず、一枚の写真を差し出してきた。

 わざとらしい色合いの学生服を着た女の子が、屋外でモップを持って掃除にいそしんでいた。


 可愛い。


 短い緑の髪で、ちょっとSFな感じの耳当てをして、ふとももまであるニーソックスをはいて、はにかみながら、黒山の人だかりのなか、モップを持って掃除がけにいそしんでいた。


 ぼくだった。


 11月上旬の、サンクリの時のぼくだった。

 この時は、われながら完璧なコスプレだった。自分で自分にみとれた。完璧に、某メイドロボットを現実世界に完全再現できた。ぼくの努力の結晶だった。


「いやー、かわいいね。これはかわいいね! 乙葉おとは君! 君はかわいいねぇ! この、はにかんだ笑顔、たまんないねぇ!

 こんなにかわいいんだから、きっと女の子の気持ちもわかる!

 だからね、乙女のためのゲームを創りなさい。命令!」


「は?」


 意味がわからない。全く意味がわからない。

 そもそも、何故、ぼくがコスプレをしていることがバレてるんだ?


「いやー、かわいいね。これはかわいいね! 女装なんて俗な言葉は似合わない。

 とても神聖。性別の壁を超えた神聖な生物だよ!

 しいていえば……〝男の〟?

 ひらめいた! これはいい! さっそく2ちゃんで布教しよう!」


「は?」


 意味がわからない。全く意味がわからない。

 〝男の〟ってなんだ?

 そして何故、社長はこんなにもテンションが高いんだ?


「うおーい! 崔峰さいほう癸生川けぶかわちゃん、こっち来て!」


「は?」


 ちょっと待った!

 ぼくの女装趣味が、女性社員に知られでもしたら、たまったもんじゃない!

(社長は、性格がおっさんだから、性別を超越している)


「ちょ、ちょっと待ってください、その写真隠してください!」


 ぼくが、われながら可愛く再現できたメイドロボットのコスプレ写真を発子はつこさんから奪い去ろうと格闘してたら、すぐに崔峰さいほうさんと、癸生川けぶかわさんが来た。


 弊社は狭かった。


「あ! サンクリの新コスですか!? ステキック!」


 いろめきだった声をあげたのは、先輩CGデザイナーの、可愛い女の子が大好きな崔峰さいほうさんだった。


 ん? 新コス?


「あー、わたしもサンクリ行けば良かった! わたしってば、夏コミであんなに衝撃を受けたのに……わたしの人生、後悔バカリだ! バカリズムだ!」


 ん? 夏コミ?


 崔峰さいほうさんは手に抱えた写真をバッサリと撒き散らした。

 紫色の魔女の姿をした可憐な少女だった。


 ぼくだった。


「もー、わたし、天使いると思いましたもん! あ、小悪魔か?

 要するに、ですよ? 天使と小悪魔が同居しているこのキャラクターの特徴を完全に再現してるんですよ? ステキック! ステキッカナブル!」


 あ!


 ……そういえば、夏コミの時、遠巻きでシャッター押しまくってる、マスクとサングラスの怪しい女性の人いた! あれ、崔峰さいほうさんだったのか!


 やられた……とっくに会社にばれてた。


癸生川けいぶかわちゃんは、どう思う? 可愛いだろぅ、乙葉おとは君!

 乙葉おとは君、可愛いだろぅ!? いいだろぅ? たまんないだろぅ?」


 発子はつこさんは、ニコニコしながら、新人デザイナーの癸生川けいぶかわさんの肩をだきながら、おっさんみたいに質問した。


 癸生川けぶかわさんは、陶器の様なまっしろな頬をあからめて、顔をずっと伏せていた。

 つややかな髪で瞳がかくれてた。そしてチワワみたいに小刻みにふるえていた。


 可愛い。


 癸生川けぶかわさんは、震える手で、スケッチブックを取り出した。

 そして、ページをパラパラとめくりだした。

 可憐な紫色の魔法少女と、可憐なメイドロボットのスケッチがたくさんあった。


 上手だった。


 それなりのデフォルメというか、キャラクターナイズされてるんだけど、ひとめでぼくだとわかるくらい。特徴を捉えていた。そしてスケッチの中のぼくは、めまいがしそうなくらい可愛かった。可憐だった。

 ぼくは思わずぼくに恋をしそうになった。それくらい癸生川さんの描くイラストは魅力的だった。


 癸生川けぶかわさんは、震える手で、スケッチブックをめくり続けた。

 イラストは、ぼくから、イケメン男性のスケッチにかわった。

 これも、とんでもなく上手かった。でも……上手いだけだった。ちっとも魅力的ではなかった。


 なんだろう? 生きていない? 心が入っていない?


 うまく表現できないけど、ぼく(のコスプレ)をモデルにしたスケッチとはずいぶんと違う。どこにでもある普通に上手い絵だった。普通に上手いけど、まったく魅力的ではなかった。


「発売予定は、2001年の夏コミ1ヶ月前!

 うちの初オリジナルブランド!

 キャラデザ癸生川けぶかわちゃん!

 ディレクターは乙葉おとは君!

 ジャンルはビジュアルノベル!!

 目標は化粧箱で二万本! でもって夏コミの企業ブースでグッズを売る! いいね! ゲーム内容は乙葉おとは君、君にまかせた!

 これから、ふたりでゲームの方向性を決めてくれたまえ!

 じゃ、あとはよろしく!!」


「は?」


「はっはっは! 君ならできる!」


 そう言うと、社長の発子はつこさんと、先輩CGデザイナーの崔峰さいほうさんは、ニコニコしながら、ミーティングルームを去っていった。


 ぼくは、さっきからずっとモジモジしている、可憐な美少女の癸生川けぶかわさんと、ふたりだけでミーティングルームに取り残された。


 ぼくは、夏コミの後に試用期間として入社して以来、ずっと片思いをしている、可憐な美少女CGデザイナーの癸生川けぶかわさんと取り残された。

 背が小さくて、ショートカットで、つややかな黒髪と色素の薄い茶色い瞳が、うるんでいた。


 可愛い。

 

「あ、あの癸生川けぶかわさん……」


 ぼくは、癸生川けぶかわさんに声をかけた。これが初めての会話だった。


 ショートカットで、オーバーオールで、黄色のトレーナーのボーイッシュ可愛いファッションの、癸生川けぶかわさんが、肩をビクッと震わせて、はにかんだ。


 可愛い。


 癸生川けぶかわさんは可愛い。ぼくの好みのドストライクだ。

 なぜなら、ぼくのメイドロボットコスプレのモデルは、癸生川けぶかわさんだから。

 メイドロボットのはにかんだ笑顔は、癸生川けぶかわさんを参考にしたんだ。


 可愛い。


 ぼくは、この二時間後に、こんなにも可愛い癸生川けぶかわさんと付き合うことになるなんて、夢にも思わなかった。


 そして、こんなに可愛い癸生川けぶかわさんと、今日から同棲することになるなんで、夢にも思わなかった。


 そして、こんなに可愛い癸生川けぶかわさんと、一緒に作ったゲームが大ヒットするなんて、夢にも思わなかった。


 ・

 ・

 ・


 この物語は、女装コスプレが趣味の何の取り柄もない〝男の〟のぼくが、ゲーム業界のちょっとした制作秘話と、癸生川けぶかわさんの可愛さを延々と語る物語です。


 可愛い。

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