第6話 to Coda

━解散。

 

それはあまりに突然だった。

コウジが出て行った後、その後をどうするか話し合ったが中々答えは出なかった。

後日、レーベルの関係者を仲介して得たコウジの回答は解散だった。

 

事実上リーダーが抜けたバンドは別物になるだろう。それがベストだというのが皆の総意となった。

 

残された問題は既に決まっているライブだった。

オレ達の初のホールクラスでのライブだ。

本来なら、そのライブはレコ発ライブになるはずだった。ところが一転、この状況だ。

もはやレコ発どころではない。

 

論点は『解散ライブ』をやるかやらないかだった。

結局その日は保留になり、後日改めてという事になった。

オレはミーティングを終え、その足でコウジの自宅へと向かった。

直に会ってコウジの意見が聞きたかったからだ。



大宮駅。かなりの数の路線が集まるこの駅は、夕方の時間帰路につく人々でごった返す。

すれ違う人の顔が妙に明るく見え、きっとオレは酷い顔をしているだろうと自覚した。

 

駅を出てすぐの商店街を抜ける。

居酒屋が並ぶ路地は、会社帰りのサラリーマンで賑わっていた。

その路地をさらに奥に入った所に、コウジのアパートはあった。

 

二階建てのそのアパートは、最近出来たばかりの背の高いマンションに囲まれ日当たり最悪だとコウジが嘆いていたのを思い出した。

 

一階の一番奥の部屋だ。

 

カーテンを締め切っていて、いるのかいないのかさっぱり解らなかった。


インターホンを鳴らす。 

 

沈黙。


いないのか・・・。

 

少しの間をおいて、もう一度鳴らす。

 

やはり、沈黙。

 

今日は諦めて帰ろうかと思ったが、やっぱり直接話したい。

少しアパートの前で帰りを待つ事にした。

 

しかし、しばらくの後部屋の中で人の気配を感じた。 

 

・・・いる。

この部屋の中にコウジはいる。オレはドア越しにコウジを呼んだ。 

 

『いるんだろ?話聞けよ?』

 

動く気配が止まる。

 

『・・・。』

 

沈黙。

 

『お前のバンドだろ!!お前とオレ、2人で始めたバンドだろ!!』

  

何を言えば良いのかさっぱり解らなかったが、とにかく話をしたかった。しかし返事は返ってこない。

 

『・・・なぁ、ケジメ・・・つけようぜ。』

 

コレを最後の言葉にするつもりで言った。

 

少しの間をおいて帰ろうと思ったその時、鍵を開ける音が聞こえた。 

 

『・・・部屋、散らかってるぜ?』

 

あの時と同じ、肩まで伸びた金髪を揺らしてコウジが言った。

あの時と違うのは、コウジは泣いていたのをごまかすような笑顔を浮かべていた事だった。


部屋に上がったオレ達は、まるで解散についての話を避けるように昔話を始めた。 


出会った頃の話だ。

 

コピーバンド時代の話。

 

オリジナル初ライブの失敗談。

 

その頃の自分らのライブビデオなんかを見たりしながら笑った。

 



ビデオが終わり、デッキが巻き戻しを始めた。無機質な音だ。


・・・沈黙。

 

しばらくの沈黙のあと、コウジが言った。

 

『もう一度、やり直せたらな・・・。』

 

だけど、もうそれが無理なのはお互いがよく解っていた。

 

『もう一度「だけ」やろう。最高のライブを。』

 

オレはそれだけを言った。それで充分だった。

 

部屋に掛かっていた古い白黒のアインシュタインのポスターが、まるでバカにしたように舌を出している。だがしかしそれでいいんだと笑っているようにも見えた。

 






━明日へ。

 

 


『時間だ!!行こう!!』コウジが言った。

客席の照明が落ち、SEが流れる。 

ポジションにつき、まだ幕の閉まったステージ上でオレ達は目で会話をした。

 

皆の目には堅い決意が表れていた。

 

コウジのカウントが鳴る。

最後の、そして最高のライブの幕が上がった。

 

 

 

 



 

 

  

 

 

 

半年後、オレはさいたま新都心のけやきひろばにいた。今日は路上ミュージシャンコンテストの決勝だ。

 

バンド解散後、オレはギターのシュウジとストリートライブを始めた。

バンド時代から曲作りは二人でやっていたから、その後も二人で活動を続けたのだ。

 

コンテストではあったけれど、その日は特別なライブだった。

オレはこの日のライブをコウジにメールで伝えていたのだ。

 

だけど、返信はなかった。

 

それでも、きっと来てくれていると思った。

アイツはそういうヤツだ。

 

オレらのステージが始まった。駅前でのストリートミュージシャンコンテストだからか、通りがかりの人達がかなりの数だ。

 



━━演奏中のその一瞬、アイツが視界に入った気がした。

 








オレとシュウジは、そのコンテストで優勝した。








                     完

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『1978』 @ryothenmn

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