第5話 fz
目の前の景色が歪み、思い描いていたヴィジョンは音を立てて崩れていった。
思えば前日の夜から緊張のあまり眠れなかった。
嫌な予感ってヤツか。練習を重ね、多少は歌えるようになったものの(メンバー曰わくだが・・・)、そもそもコピーバンド時代には馴染みのバーでしか演奏してなかったし、もちろん人前で歌った事などない。
当然といえば、当然か。
時間が迫り、ステージと客席の照明が落ちる。
ドラムのカウント。
爆音、爆音・・・。
破裂しそうな心臓音。
曲のイントロが始まり、遅れてボーカルがステージに上がる手はずになっていた。
・・・が!!
緊張のあまり、その一歩が踏み出せない。
ステージ中央のセンターマイクが、ものすごく遠く感じた。
気付くと、すでに歌の部分が始まっていた。
歌の出足が遅れた事で、オレはステージ上で1人行方不明。もはや、今が歌のどの部分かも解らなかった。コウジや他のメンバーが何か叫んでいたが、パニック状態で何も耳に入ってこない。
ようやく曲を把握した時には既に遅く、曲はエンディングに向かっていた。
オレはただただステージ上で訳の解らない動きを繰り広げ、記念すべきオレらのライブの1曲目は、まさかの、いや、最悪の歌ナシでのスタートになった。
その日のステージはその後、何をどう歌ったのか全く記憶にない・・・。
━あの悪夢から1年が過ぎた。
オレは高校3年生になり、進路に頭を悩ましていた。オレの通う学科は特殊で、クラスのほとんどが美大、もしくは美術に関する進路を選ぶ。つまり、オレは美術科に通っていたんだ。
その頃のバンドはというと・・・
記念すべきファースト・ライブの大失態から練習に練習を重ね、ライブもかなりの本数をこなした。
最初は動員こそなかったものの、回を重ねる事にレベルも上がり、動員も増えていった。
心は揺れていた。
バンドというモノが、こんなに楽しくなるなんて・・・。
ボーカルとして自信もついてきて思ったのは『もっと上手くなりたい。』だ。
美大の受験か、音楽の専門学校か・・・。
決断の時期だった。
オレ個人がその悩みで頭がいっぱいの頃、コウジも別の問題を抱えていた。
コウジはバンドのリーダーだ。
そして、オレをこの道に引き込んだ張本人だ。
彼ナシではこのバンドはありえない。だが新しく入ったメンバーとの間に、少しずつ少しずつ、だけど確実に不穏な空気が忍びよっていたんだ。
それぞれの決断は、やがてこのバンドに取り返しのつかない結末を呼んだ。
━決断の刻。
オレは専門学校への進学を決めた。
親はもちろん反対だったし、担任もお前の3年間は何だったんだと反対した。
そりゃそうだ。
3年間、毎日毎日デッサンやら油絵やら彫刻をやってきたんだもんな。
だけどさ、人生は常に自分探しの場。その過程で生まれた興味を我慢するような人生だけはゴメンだった。
働きながら学費を払い、夜はバンドで練習。そんな生活が始まった。
バンドは試行錯誤を繰り返し、作詞をオレが担当し、曲をギターのシュウジが担当するのがスタイルとして定着した。
その為オレとシュウジはバンドの中でも舵取りをする事が多くなり、リーダーであるコウジと意見の違いから度々衝突するようになっていった。
スタジオでの練習。
ぶつかる事の増えたメンバー内では会話も減り、お互いに目を合わす事さえも少なくなった。
それぞれが言いたい事をガマンしながら練習をし、ライブをする。
それは拷問されているような気分だった。
その頃のバンドは小さい事務所ではあるが、インディーズ・レーベルに所属し関わる人間も増えていた。
コウジは変わった。
オレらと話すよりも関係者の意見を重視するようになっていったのだ。
━決別の刻。
自分たちの作った音楽や詞は、プライドもあるし曲げられない主張でもある。
しかし、コウジは『もっとこうした方が良いとレーベルの人が言っている。』などといった口振りで、それをいとも簡単に変えようとする。もちろん正しいと思う事もあったが、それが絶対だとは思えなかった。
コウジの意見ならまだしもメンバーではない人の意見では腑に落ちる訳もない。
溝は深まるばかりだった。
オリジナリティ・・・つまり個性を無くした主張に意味を見いだせないでいた。
それは、オレらにとって、初のホールでのライブが決まった頃だった。
埼玉会館のホールでのライブだ。
いつものようにリハーサルの為にスタジオに入る。
皆、無言でセッティングをする。
ライブに向けての曲順を決め、演奏する。
コウジが決めた曲順だ。恐らくは関係者と話して決めたのだろう。
皆がそう思っていたハズだ。
演奏中、ギターのシュウジのミスがあった。
舌打ちするコウジ。
ミスと言ってもアドリブのようなモノで、そこから新しいアイデアが生まれる事もあるからミスとは言い堅いが。
コウジは、そんなのいらないと言った。練習から遊びなど入れず、完璧に仕上げろと言われた・・・と。
ギターを床に叩きつけ、壁を蹴るシュウジ。
オレらバンドマンは、演奏で会話する事がしばしばある。
そこから、何かが生まれるのを期待するからだ。
それをいらないと言われた。
しかも、メンバーではない人間に。
完璧を求めてやらなきゃならない時ももちろんある。
・・・が、全てのタイミングが悪かった。
スタジオを出て行ったシュウジに続いて、皆もスタジオを出た。
コウジを残して。
しばらくして、スタジオのロビーに荷物をまとめたコウジが。
オレは終わりを感じ、関係修復の手段を考えたがロクなアイデアは浮かばなかった。
コウジは言った。
『もう、お前らとは一緒にやれないな・・・。』そう言うとコウジは席を立ち、振り返る事なくスタジオを後にした。
怒りのようでいて、悲しい声だった。
スタジオの扉が、鈍い音をたてて閉まる。
オレは、コウジの背中を追い掛ける事が出来なかった。
コレで良いんだと自分に言い聞かせるように、イスから立ち上がれず、コウジの背中を見送る事しか出来なかった。
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