第3話 mf

━夏。

 

 

学校が休みのこの季節、オレはバイトを始めた。時給700円で朝から夕方まで働いて、ヘトヘトになった足でスタジオに向かう。

 

夜中まで練習に練習。

 

終わったら終わったで朝まで仲間で語り、ときに騒ぎ、夜を明かした。

 

 

 

JR京浜東北線、蕨駅。改札を抜け、東口へ。ロータリーを左に回り裏路地へ入ると、雑居ビルが並ぶ。その一角に、Live&Bar『にんじん』はあった。およそライブバーらしからぬ名前のバーだ。

 

古いロカビリーがかかる店内。いかにもな連中がタバコをふかして酒を煽る。

 

高校生のオレには酒もタバコも全く良さが解らなかったし、雰囲気も全然好きになれなかったがその場所に通わなくてはならない理由があった。

 

『お~い、こっちこっち!!』

 

聞き覚えのある声だ。騒がしい店内の奥を覗くと、ウザったい金髪を揺らして笑うコウジがいた。

 

あれから結局文化祭バンドはライブをやる事なく文化祭を終え、メンバーも1人また1人と抜けていき、いつの間にかメンバーはオレとコウジ、それからリーゼントが自慢のギタリスト、ダイスケだけになっていた。

 

 

コウジは高校をドロップアウトしたあと、知り合いの先輩だか何だか(どうせチンピラとか暴走族みたいな連中の仲間だ。)のツテで、未成年のクセに『にんじん』でバイトとして働いていた。

 

『にんじん』はライブバーだけあって、バンドの演奏スペースを併設していた。

 

そのライブスペースで、コウジは働く傍ら演奏させてもらう約束をこぎつけたのだ。

 

 


毎週火曜日の夜。この日は客足も少なく出演バンドもいないからと、バーのマスターの計らいで練習兼ライブをやらせてくれていた。 

 

最初のウチはギターとピアノ、それからドラムだけの謎な構成のバンドだったが、酒に酔ったミュージシャン崩れがセッションに加わったりしながらメンバーの入れ替えを繰り返し、いつの間にか6人組のバンドが出来た。

 

そして、とうとうオレらは『にんじん』のメインステージ、金曜日の夜の出演を迎えたんだ。




━若さとは怖いモノ知らずである。

 

 


Bar『にんじん』に集まった、ライブを控えたオレらにコウジが言った。

 

『セットリスト(曲目)はコレでっ!!』

 

彼なりに考えた結果だろうが、ジャンルはぐちゃぐちゃ。只々メンバーの好きなバンド名がズラリと書かれた紙を、自信満々にテーブルに出した。

 

正直、演奏する曲目はおよそBarには似合わないが、当日の夜に集まるのは、どうせ同年代の仲間だ。

この際、曲目なんて関係なかった。そもそも、文化祭でライブをやろうと集まったんだし、その変わりにここでやるようなモンだからね。

 

 

 


 

当日、夏休み中って事もあって、沢山の仲間(・・・って言ってもヤンキーばかりだけど)が集まった。当然貸し切り状態だ。

 

 

時間がせまり、オレらは楽屋にいた。結成当初からやると言ってたX JAPANの影響を色濃く受け、派手な服を着て、メイクをし、口紅を塗った。ちょっとしたB級ホラー映画みたいだ。

 

当時、バンドと言えばヴィジュアル系全盛期。

同世代のバンドも、ヤッパリそんな連中ばかりだった。

 

開演の時間になり、いざステージへ。歓声と笑い声。

そりゃ笑うよな、ヤンキーのヴィジュアル系だもん。

 

同世代の連中だったら知ってる曲のオンパレード。そりゃ盛り上がったステージになった。

 

ボーカルは声を枯らしながらMCでこう言った。

 

 


『それじゃ、最後にこの曲を~!!Mr.Childrenで、シーソーゲーム!!』

 

 

 

 

ちょっと待て、、、Mr.Children??おいおい、冗談だろ??このカッコを見ろよ。ヴィジュアル系だぞ??

 

 

オレらはこの格好で、Mr.Childrenやspitzを演奏したんだ。(もちろんX JAPANもだけど。)

 

 

このシュールさが伝わるだろうか・・・。そう、Mr.Childrenがライブでドラムを壊すか?紅やら薔薇やら、手首を流れる血なんて言うか??

 

今考えると末恐ろしいセットリストで、記念すべき初ライブは、大盛り上がりで幕を閉じた。

 

 

 

 

 


 

・・・オレは、メンバーの盛り上がりをよそに、バンドを抜けようと考えだした。

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