ピンポンダッシュ犯の正体

青水

ピンポンダッシュ犯の正体

「ユリナ……」

「タカシくん……」


 自宅のソファー。見つめ合う俺とユリナ。いい感じのムードになって、彼女との初めてのキス、そしてもっと深い関係に――などと考えていた。しかし、唇と唇が触れ合わんとしたそのとき――。


 ピンポーン。


 絶妙なタイミングで呼び鈴が鳴った。いや、鳴りやがった。くそっ! こんなときに鳴らすとは……一体誰だろう? 宅配便だろうか? 心当たりはない。では、何かの勧誘だろうか? だとしたら、無視すればいい。無視すればいいんだ。

 俺は気を取り直して、


「ユリナ」

「タカシくん」


 キスをしようと――。


 ピンポーン。ピンポピンポーン。


「タカシくん……出なくて大丈夫?」

「きっと宗教かなんかの勧誘だよ。気にしなくていいさ」


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポピンポピンポーン。


「すごい鳴ってるけど、本当に出なくても大丈夫? もしかして、知り合いだったりするんじゃないの?」

「今日、友達が訪ねてくる予定なんてないし、アマゾンで買い物だってしてないんだから、宅配便でもない。だから、全然気にしなくていい。さ、続きを――」


 ピンポーン。ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ……。


「つづ、続きを――」

「うん……」


 ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ……。


「ああああああああっ! 誰だよ、うるせえええっ!」


 立ち上がって大股で廊下を抜けて、玄関ドアを勢いよく開ける。しかし、そこには誰もいなかった。廊下の左右をきょろきょろと見てみるが、誰もいない。


「あれえ?」


 ドアを閉めて、部屋に戻る。

 ユリナが首を傾げて「誰だったの?」とかわいらしく尋ねてきた。


「わからない。誰もいなかった……」

「まさか、幽霊の仕業じゃないよね?」

「はは、まさか」俺は笑った。「これはあれだね、俗に言う『ピンポンダッシュ』というやつだな」

「ピンポンダッシュって……ピンポンしてダッシュで逃げるっていういたずらだよね?」

「いたずらというか、立派な犯罪行為だよ」


 犯人を警察に突き出せば、多少の罰は与えられるはずだ。


「誰がやったんだろう? 近所の子供かな?」

「うーん、わざわざこのマンションまでやってきて、六階まで上って、俺の家の呼び鈴を鳴らす……? うーん、もっと他にいい場所とかあるでしょ」

「じゃあ、タカシくんの知り合いかな?」

「俺の知り合い?」


 まさか。俺の友達にピンポンダッシュをして、げらげらと笑って楽しむような奴はいない。大体、ピンポンダッシュをして楽しめるのは小学生までだろう――いや、今時の小学生は大人びているから、ピンポンダッシュなんて幼稚な行いはしない。


 俺の友達ではない、おそらく。

 そして近所の小学生でもない、おそらく。

 だとしたら、一体――。

 まあいいや。


「そんなことよりさ、さっきの続きをしようか」

「うん、タカシくん、大好きだよ」

「俺も大好きだよ、ユリナ」

「タカシくん……」

「ユリナ……」


 ピンポンダッシュという邪魔が入ったが、気を取り直してキスといこうじゃないか。キスをした後はベッドにでも……うへへへへ――。


 ピンポーン。


「……」

「……」

「またか」

「どうだろうね」


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポピンポピンポピンポピンポピポピポピポピポピピピピピピピ……。


 俺は全速力で走って、玄関ドアを開けた。誰もいない。裸足のままで廊下を走る。階段まで来たところで、そのすぐ近くに設置してあるエレベーターに気づいた。エレベーターは下へと向かっていた。


「くそっ!」


 舌打ちをしてから、部屋に戻った。

 悪質極まりない。我が家を――俺を狙った犯行だ。どうして、俺に対してピンポンダッシュを行うのか、考えてみる。


「誰だ? 誰なんだ?」

「誰かの恨みを買ったとかない?」


 ――恨みを買う?

 自分でこんなことを言うのもなんだが、俺は今まで実直に生きてきた。重犯罪を犯したことはないし、倫理的に責められるような行いもしていない。ポイ捨てだってしたことないし、信号無視だってほとんどない。

 他人に恨まれるようなことはない……と思う。


 まあ、でも、世の中には善良な人間に勝手に恨みを持つような人間、逆恨みをするような人間なんかも存在する。だから、どこでどう恨まれたかなんて、考えても無駄なのかもしれない。


「二度あることは三度あるなんて言うけど、さすがにもうやってこないよな」

「多分、大丈夫なんじゃない、かな……」

「じゃあ、さっきの続きを三度目の正直ということで」

「う、うん……」

「ユリナ、大好きだよ」

「私も大好きだよ」

「ユリナ……」

「タカシくん……」


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


「くそっ! どうなってやがる!?」


 俺はやはり玄関ドアまで走った。もちろん、ピンポンダッシュ魔の姿はなかった。すばしっこいやつだ。


「どうしてこうジャストなタイミングで邪魔するかな……」


 そこで、思いついた。

 もしかして、犯人は俺たちの会話を聞いていて、俺たちがキスしようとしたタイミングで邪魔しているのではないか――?

 でも、もしそうだとして、会話を聞くって一体どのような手段で?


 玄関ドアに耳を当てても、俺たちの会話を聞けやしない。

 だとしたら――盗聴器を仕掛けた、とか……。でも、盗聴器を仕掛けるためには、俺の家に入らなければならない。俺が外出しているときに、不法侵入したのか? いや、だが、人が侵入したような痕跡はない。窓ガラスを割られていたとか、ドアの鍵が開いていたとか、そんなことはなかった。


 まあいい。とりあえず、盗聴器が仕掛けられているのだとしたら、それを見つけ出さないと。そうしないと、いつまでも会話が筒抜けだ。

 盗聴器のタイプは様々だと思うが、簡単に仕掛けられるのは、コンセントに差し込むタイプだ。


 四つん這いになってコンセントを調べていく俺を見て、ユリナは不思議そうな顔をする。一体、何をやっているんだろう、と。


「どうしたの、タカシくん?」


 俺は何も言わずに、人差し指を唇に当てるジェスチャーをした。


 1Kの我が家にはコンセントはそれほどない。キッチンのコンセントではないだろうから、この部屋にあるコンセントのどれかだ。

 ソファーの後ろにあるコンセントに、見覚えのない白くて四角い機器が取り付けられていた。あった、これだ。そっと、引き抜く。コンセントから電気を補充して稼働するタイプなので、取り外してしまえば問題はない。


「これは?」

「おそらく、盗聴器だ」

「……えっ?」ユリナは驚きを隠せずにいる。「一体、誰が……?」

「いろいろと考えてみたんだ。そして、思い当たる人物が一人だけいた」

「誰?」

「間違っている可能性もある。だから、犯人を捕らえて、直接ご尊顔を拝ませてもらおうじゃないか」


 ◇


 盗聴器を玄関のコンセントに取り付けた。ドアの鍵は開いている。呼び鈴が鳴った瞬間にドアを開けて、犯人を捕まえることができるというわけだ。


「……よし」


 俺が頷くと、ユリナも頷いた。


「二度あることは三度あるって言うが、さすがに四度目はないだろう」

「うん」

「じゃあ、続きをしようか」

「タカシくん……」

「ユリナ……」

「タカシくん」

「ユリナ」


 ピンポ――――


 ガチャ、と。

 勢いよくドアを開けると、呼び鈴を押していた人物は、ドアに頭を強かに打ち付けて、その場に倒れこんだ。


「いったああああい……」

「やはり、お前が犯人だったか……ヨウコ」


 頭を手で押さえていたのは、俺の元カノであるヨウコだった。


 ◇


 ヨウコと付き合っていたのは、ユリナと付き合う一か月前まで。別れた理由はヨウコの浮気だ。俺の友達が、ヨウコと彼女の男友達がホテルに入るところを目撃したのだ。その友達は念のために写真も撮ってくれた。


 俺はヨウコに別れを切り出した。

 当初は、「彼にむりやり連れ込まれたの」だの「ホテルには入ったけど関係は持ってない」だの言っていたが、やがて開きなおって、


「あんたみたいな冴えない男が、このあたしと付き合うことができているんだから、浮気くらい大目に見なさいよ!」


 と、逆ギレした。


 ヨウコはごねていたが、結局、俺たちは別れることとなった。そのときに、我が家の合鍵を返してもらうのを忘れていた。


 おそらく、ヨウコは合鍵を使って俺が留守にしているときに自宅に侵入し、どこかで購入した盗聴器をコンセントに差し込んだ。


 だがしかし、どうして盗聴やピンポンダッシュなんて愚かな行為をしたのだろうか? そのことについて尋ねてみると――。


「あたしは男に捨てられて不幸になっているっていうのに、あんたときたらあたらしい彼女をつくって幸せになりやがって……。だから、邪魔してやろうと思って――」

「それで、こんな馬鹿なことをしたのか?」


 ヨウコは頷いた。


「……さて、どうしてやろうか」

「悪気はなかったの……許して……」とヨウコは言った。


 むしろ、悪気しかなかったのではないか、と俺は思った。悪気がなければ、盗聴器を仕掛けようとは思わない。ピンポンダッシュだってしない。


「ねえ、タカシ。そんな女とは別れて、あたしとよりを戻さない?」

「戻さない」俺は即答した。

「なっ……」ヨウコの顔が赤くなる。「どうしてよ! そんな女よりあたしのほうがずっとかわいくて――」

「俺にとっては、お前よりユリナのほうがずっとかわいいよ」

「タカシくん……」

「くそっ、くそっ、くそっ!」


 ヨウコは上着の内からナイフを取り出した。そして、それをユリナに向けた。


「おい、お前、今すぐタカシと別れろ! さもないと……」


 脅しのつもりだろうか? しかし、効き目はあった。ユリナはガタガタと震えている。殺傷性の高い凶器を向けられるのは怖い。当たり前だ。


 ヨウコの目はユリナを向いている。俺はふっと息を吸い込み決心すると、ヨウコに飛びかかった。そして手首を掴むと、壁に叩きつけた。ナイフが地面に落ちる。


「ユリナ、警察を呼んで」

「うん、わかった」

「ねえ、ちょっとした冗談だったの! 殺す気なんてなかったって。ねえ!」

「……」と俺。

「ごめん! あたしが悪かった。謝るから――だから、警察を呼ぶのはやめて! お願い! お願いだから――」


「いまさら謝ってももう遅い! 警察に突き出してやる!」


「あああああああ!」


 ヨウコの叫びがマンションに響き渡った。


 ◇


 ヨウコは逮捕された。もう二度と、俺たちの前に現れないといいな、と思った。

 ピンポンダッシュ犯の正体であったヨウコが捕まったので、俺たちの邪魔をする者はもう誰もいない。


 今度こそ。今度こそ、ユリナとキスを――。


「ユリナ……」

「タカシくん……」

「ユリナ」

「タカシくん」


 そして、キスを――キスを――。


 ピンポーン。ピンポーン。


『宅急便でーす!!!』


 声が聞こえた。


「ええい、くそっ!」


 どうやら、俺はユリナとキスできない運命にあるのかもしれない。

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ピンポンダッシュ犯の正体 青水 @Aomizu

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