第12話 合唱コンクール
なんだか最近はアイツともわりと仲良くなってきた。
自分たちはいわゆる不良で、クラスメイトにも怖がられ煙たがられる、そういう存在だと思っていた。
だけど何故かアイツは普通に話しかけてきて、ましてや友達になりたいと言った。
そのお陰かわからないが徐々に他のクラスメイトとも話すようになり、春が終わる頃にはちょっとした冗談さえ言える関係になっていた。
でも、本間さんの妹の話は少しマズかったかもしれない。
犯人をオレ達の手で捕まえてやろうと思っただけだ。それはオレ達不良としてのメンツもあるし、せっかく仲良くなってきたクラスメイトにいい所を見せたかっただけなんだ。
でも、教室はあんな空気になってしまった。
『チッ、やっぱ上手くいかねぇ〜な。』
不良はどこまでいっても不良って事か。
本間さんは次の日学校を休んでいたが、翌々日にはもう体調は大丈夫だという様子で学校に来ていた。クラスの女子たちが気を使って本間さんと話していたが、オレは気まずさから話しかけられなかった。
アイツが本間さんと話しているのも見かけた。昨日プリントを届けに行って話したのだろうか?それまでの2人の感じとは何かが違う。より仲良くなっている、と言うよりはお互いに友達以上の信頼をしているような雰囲気がある。何か強い絆があるような、そういう雰囲気だ。
まぁ、オレはどう思われても関係ないね。元々不良なんだし、嫌われたって別にどうという事はない。
給食の時間。いつものように、アイツもオレ達不良グループと同じ輪に入って食べている。
『本間さん、別に気にしてないよって言ってたよ。昨日も、ホントに少し体調崩しちゃっただけだってさ。』
そうオレに話しかけてきた。
『別に気にしてね〜よ。そういう噂があるってだけだしな。』
ぶっきらぼうに答えたが、本当は少し安心していた。
そして数日後、合唱コンクールの課題曲も決まり、放課後の練習がはじまった。
本心を言えば正直言ってかったるい。でもバックレると女子がうるせぇ〜んだよな。オレは仕方なく参加していた。
練習中アイツが話しかけてきた。
『マサオのお父さん・お母さんも合唱コンクール見に来るの?家は来るみたいなんだけどね。』
あぁ、そうか。コイツはオレが父親いないのを知らないんだった。まぁ言ってもないし知る訳もないか。
『いや、ウチは来ねぇ〜よ。母親しかいねぇ~からな、ウチ。』
『え?そうだったんだ?なんかごめん。』
は?「なんかごめん」だ?コイツ、オレを哀れんでんのか?少しイラッとして睨みをきかせる。
『いや、実は僕も父親いなかったんだよね。少し前まで。今は「お父さん」がいるんだけど、父親がいない感じは僕も知ってるから。』
なんだ、そういう事か。コイツも一緒か。
『ふ〜ん、まぁ別に父親いなくたってどうでもいいけどな。でも・・・。』
言いながら思ったんだ。もしかしたらオレも父親がほしいのか?
今は父親がいる、コイツの話を聞きたくなっている自分に驚いた。羨ましいのか?オレは。
いや、ただの興味だ。いきなり赤の他人が父親になる。その感覚に興味があるだけだ。
まぁ、新しく父親になったヤツも、もし息子がオレみたいな不良だったらガッカリだろうけどな。
オレには無縁の出来事に興味が湧いただけだ。
『で?どんな感じよ?いきなり父親が出来るってどんな感じなんだよ?上手くいくモンなのかよ?』
『う〜ん・・・』
少し考えた様子でこう続けた。
『最初はやっぱり嫌だと思ったんだけどね、意外と慣れるかも。優しいしね。』
少し考えて話すその様子に、オレは何か違和感を感じた。「悪くはない」という言い方だ。それに、優しいと言うわりには表情が硬い。少し怯えているようにすら見える。
やっぱり父親なんていらねぇ〜な。オレの父親は1人しかいない。
小学生の頃、まだ父親がいた時はオレも普通だった。その頃から体格は同年代の友達の中ではガッシリしていたと思うけど、不良ではなかった。
父親は家族思いで優しくて、いつも正しかった。不良ではなかったが、クラスメイトとよく喧嘩をしていたオレを本気で叱ってくれた。
休みともなれば動物園や遊園地に嫌がるオレを連れていき、連休には旅行にも連れていかれた。サッカーや野球も一緒にやった。
絵に描いたような理想の父親だった。
だからこそなのかもしれない。だからこそ、余計にある日突然いなくなった父親に悲しさも寂しさも感じなかったのだ。何かしら仕方のない理由があったのかもしれないと思った。しかし、それと同時にどんなに信頼していても、結局人は裏切る。どんな立派な人間だって、ある日突然全てを捨ててしまうのだと悟ったのだ。
結局オレは1人だと、その時からオレは力が全てだと思いはじめた。
そうしてオレは、いつしか不良と呼ばれる存在になっていったのだ。
合唱コンクール当日。
体育館にギッシリ並べられたパイプ椅子は、一年生全クラスの生徒とその家族で埋まっていた。
まだ開演前という事もあって、体育館はそれぞれ仲間内で固まって話しているヤツ、両親と話しているヤツが入り混じっていた。
オレの母親は来ていない。だからといって別に何とも思わないけどな。今日だって仕事で来れないのだ。オレを1人で育ててくれているという、そういう感謝はオレにだってある。
遠くでアイツが家族で話しているのを見つけた。別に探してた訳ではない。仲間と話していてたまたま視界に入っただけだ。
アレが例の新しいアイツの「お父さん」、か。
ちょうどコチラに背を向ける角度でその顔は見れない。母親とアイツは笑顔だ。いかにも幸せな家族といった雰囲気だ。
ようやく準備が整ったのか、先生たちも揃いそろそろコンクールが始まるというその時、父親が振り返りステージの方を向いた。
嫌な予感とでも言うか、父親の振り向く動きがスローモーションに見えた。
そして・・・。
オレは知っている・・・。
その顔・・・。
髭を蓄えていて、体格も少し雰囲気が変わっているがあれは・・・。
『嘘だろ・・・。』
あれは紛れもなく、あの日突然消えたオレの父親だ。
ソイツが今、この場所にいる。そして「新しい家族」と幸せそうに笑っていやがる。
父親がオレを見つけたらどうなる?
今オレが見つかれば、あの幸せな家族はどうなる?
だがあれから何の音沙汰もなく、オレを捨てたアイツがのうのうと幸せに生きてきたかと思うと何とも形容し難い怒りが沸々と湧いてきた。
オレは感情のコントロールが出来なくなってしまった。
そして、誰に何を言う事もなく学校から逃げた。
合唱コンクール?そんなもん知るかよ。
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