第11話 痣

「君の首の後ろのそれ」と本間さんは言った。確かにそう言った。


本間さんの妹、るい。今の本間さんの話が本当ならば僕の首の後ろにも同じような痣があり、るいちゃんの身に起きた事が僕にも起こるという事なのだろうか?


少なくとも本間さんはそう思っているのだ。


しかしいつ?いつからそんな痣が?言われてみれば、首の後ろなんて気にした事がない。自分で見た事もないし、特に誰かに何か言われた事もない。


本当にるいちゃんと同じような痣が僕にも?手で触ってみる。しかし痛みも何もない。もちろん何処かでぶつけたなんて事も覚えがない。


本間さんの表情から、間違いなく痣があるのだと言うのはわかる。


その場所を探る様子を見て、本間さんが言った。


『後ろ、見てみて・・・。今鏡持ってくる。』


まさかそんな。本当に痣があったとして、それがるいちゃんと同じような事が僕にも起こる「印」だなんて思えない。

それでもやっぱり怖い。本間さんの話にはリアリティーがあり、その全てがとても本間さんの思い込みだとも思えないのだ。


嫌な汗が背中を伝う。


本間さんが持ってきてくれた手鏡を、合わせ鏡の要領で恐る恐る見てみる。


『・・・っ!?』


コレは・・・。コレは何だ?いつから?やはり思い当たる節はない。首の後ろと言っても、服で見えづらい位置にあるから気付かなかったのか?だから?だから今まで特に誰にも何も言われなかったのか?


『君は何か変わった事はない?今までに、例えば怖い女の子を見たりとか・・・手に斧のような物を持ってフードを深く被った・・・マントみたいな服の女の子・・・』


『いや・・・。』


やはり思い当たる節はない。事故にあって入院した事、「お父さん」がある日突然出来た事。これまでの人生でそれ以外大きな出来事なんてない。


待ってくれ。そもそもそんな事が本当に起こり得るのか?本間さんが見た事も、るいちゃんに起こった事も、冷静に考えればあり得ない話だ。


しかし、本間さんのその表情から嘘や幻の類ではないというのもわかる。


僕は何とも言えない恐怖を感じた。が、同時に信じ難くもある。普通に見ればただの痣だ。気付かないウチに何処かにぶつけでもしたのかと思う程度だろう。


るいちゃんの痣は花の模様に見えたと言っていた。浴衣の模様、トリカブトの花。


僕の痣は・・・。


それを聞かされているからか、花の模様にも見える気がしてくる。この花は何だった?僕が見た事がある花だ。


『君のその痣もやっぱり花の模様に見えるの。だから、何か知ってるんじゃないかと。るいを見つける手掛かりなんじゃないかと・・・。』


本間さんは僕の様子を伺うような表情で次の言葉を待っている。


『ごめん・・・何もわからない・・・。痣があった事すら知らなかったよ。』


そう言うと、本間さんはすごく残念そうな表情をすると同時にほんの少し安心したような、そんな表情をしていた。


もう一度鏡で痣を見る。


もう花の模様のそれにしか見えない。そして、僕はこの花を知っている。いつか何処かで見た花だ。青くて風に揺れる大きな花弁と花芯の黒のコントラストが美しい、あの花・・・。


僕の病室にあった・・・。


そしてあの雨の日に見た女の子・・・。あの子がいた場所に咲いていた花・・・。


そうだ、コレはアネモネだ!


バラバラのパズルのピースが噛み合うように、僕の記憶とるいちゃんの痣が繋がる感覚。恐怖?不安?何て形容したらいいのかわからない感情。


同時に、もしかしたらるいちゃんの手掛かりを僕は見つけられるのかもしれないという期待が。


『本間さん・・・』


僕は覚悟を決めてこう言った。


『もしかしたら本間さんが言うように、この痣はるいちゃんにあった痣と同じようなもので、これから僕に何かが起こるのかもしれない。だから・・・』


『だから僕に何かあった場合、本間さんに連絡する。僕自身を守るのもそうだし、もしかしたらそれはるいちゃんを見つける手掛かりになるかもしれないから。』


本間さんもやっと見つけた手掛かりだったからか、僕の返事を聞いて表情が変わった。

怖さや不安による怯えた表情と同時に、真実に立ち向かう強い決意を感じた。


『それじゃあ、また学校で・・・。』


僕は本間さんの家を後にした。

本間さんのお母さんは、『またまどかが元気な時にも遊びに来てね。』と笑顔で見送ってくれた。その笑顔は、来た時には気付かなかった影を感じた。お母さんもまた、見えない恐怖や悲しみと懸命に戦っているのだろう。


僕はるいちゃんと同じように、ある日突然消えてしまうのか?

だけどるいちゃんに実際何があったのかはわからない。その釜を持った女の子に襲われるのか?それじゃあやっぱり死ぬという事なのか?でも、るいちゃんは亡くなってしまったとしても亡骸さえ見つかっていないし、痕跡さえ見つかっていない。だとしたらどういう事なのだろうか。誘拐?


そもそも相手は人間なのか?


空は赤く染まっていた。



本間さんの家から少し大通りに戻る方向に進み、角のコンビニを曲がると酒屋さんが見えてくる。その少し先に公衆電話。


公衆電話・・・。何もないのに怖く見える。まさかな・・・。


通り過ぎる瞬間の緊張感。


鳴る訳がない。


もし本間さんの推理が正しければ、るいちゃんがその3丁目公園の前の公衆電話の呼び出しをとったと考えられるのは夜中の2時頃だ。


今は夕方の18時頃の筈。この公衆電話が鳴るなんてあり得ない。

それでも妙な緊張感から膝に力が入らない。僕は避けるように道の反対側に渡った。


鳴るなよ?


自然と下を向き目を閉じる。息が詰まる。


一歩・・・二歩・・・。


少しずつ公衆電話から離れていく。

ようやく安心出来る距離になった時、止めていた息を大きく吐き出した。


『良かった・・・。』


家に着いた僕は、無事到着出来た安心からかそのまま自分の部屋のベッドに潜り込み、深い眠りに落ちてしまった。

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