第3話 迷夢

『お姉ちゃんのあの模様のがいいの!!おんなじヤツがいいの!!』


るいは駄々をこねている。ああなるともう、大変だ。なだめるのも一苦労。


私はもうこの際浴衣でなくてもかまわない。そもそもそんなにお祭りが楽しみという訳ではないのだ。ただ何となく、毎年妹を連れて家族で出かけるというのが夏休みの恒例行事になっているだけだ。


それでも縁日のスーパーボールすくいなんかでハシャぐるいを見ていると微笑ましいし、楽しそうに笑うるいを見ているのが幸せだった。


私が去年着ていた浴衣は鳥兜の柄が入っている、少し大人っぽい雰囲気のある浴衣だ。


お姉さんだから、少し大人っぽいのよとお母さんはるいに言っていた。それを覚えていたのだろう。


結局私は私服で、るいは私のお下がりの浴衣を着て3丁目の盆踊りに出掛ける事になった。



次で最後の曲だと、町内会長の挨拶とともに音楽が流れ始めた。盆踊りの最後は必ず川口音頭と決まっている。好きでもなんでもないけれど、こう毎年聴いていると嫌でも覚える。今では空で歌える位だ。


祭りに集まっている人が皆輪になって踊る。


その輪の中に、鳥兜柄の浴衣で踊るるい。近所の大人たちにも大人っぽい素敵な柄ねと褒められて上機嫌だ。


私は踊りの輪には入らずその姿を見ていた。提灯の灯りが暖かい色で、なんだか幻想的だった。少し浮世離れした不思議な雰囲気だ。


そう思った刹那、今目の前で踊っていた沢山の人が消え、提灯の灯りも消えた。うっすらと櫓だけが見える。


何があったのかも分からず状況も掴めずにいると、その櫓の一番上に人影が見えた。


暗くてよく見えないが、どうやら女の子のようだ。


この季節にフードのついた長いマントのようなモノを羽織っていて表情は見えない。


その手には背丈程もある大きな刃のついた鎌のような物を持っていた。


夢?私は夢を見ているのか?


その表情をよく見ようと目を凝らす。

逃げた方がいい?でも怖くて動けない。


るいは?みんなは?


そう思った瞬間、頭に声が響いた。


『あなたが私なのね。』


それは音ではなく、頭に直接聞こえる不思議な感覚だった。




『・・・どか!・・・まどか!?』


お母さん?


『わたし、どうしちゃったのかな?』


時間にして一瞬だったのかも。だけど、わたしが見たあの景色は?女の子は?あれはいったい何だったのか。


『どうしちゃったの、ぼーっとして。』


『・・・ううん、何でもないの。ちょっと疲れちゃったみたい。』


何とか取り繕うように言ったものの、アレは確かに目の前で見た景色。確かに聞いた声。


何が起こったのか整理出来ないでいるわたしの側に、踊り終えたるいが戻ってきた。


いつの間にか最後の曲も終わっている。


あなたが私・・・?あれはどういう意味だったのだろう。


帰り道、わたしとお母さんの間にるい。3人で手を繋いで歩いていた。


とても楽しかったのだろう、帰り道もまだテンションが高い。


『お姉ちゃん、早く!早く!』


家が近づいた頃、るいが駆け出して手招いている。


その後ろ姿を見て気がついた。るいの首の後ろ、肩の少し上に何かアザのようなモノが見えた。


あんなアザみたいなもの、るいにあった?いや、少なくとも今日出掛ける前はなかった。浴衣を着ている時に見ている。もし既にあったのなら、その時に気付いているはずだ。


『るい、どうしたのそれ。』


家に帰ってるいの様子を見る。肩を指差しながらるいに聞いた。


『何が~?』


あっけらかんとした様子だ。場所的に見えづらいから?気付いてない?


『お母さん、るいの肩になんかアザみたいなの出来てる。』


どれどれ?とお母さん。どこかでぶつけたのかしら?


るいも全く思い当たる節はないようだ。


特段痛くもないようなので、そっとしておく事になった。


何か花のような模様だと、るいはあっけらかんと笑っていた。

大きさは手のひらに収まる位。確かに花にも見える。浴衣の柄・・・。鳥兜の花だ。




どうやら思ったよりも疲れていたのか、るいはお風呂に入るとすぐに寝てしまった。


ついさっき、『おやすみ~、、、』と、半分声にならない声で欠伸をしながら2階の自分の部屋に戻っていった。


私は長い休みのせいで、この所ずいぶんと夜更かしになってしまっている。


家族が寝静まった後、リビングで小説を読むのが最近の楽しみなのだ。


小説は大好きだ。最初は子供向けの本ではない、難しい本を読んでいるというのがカッコいいと思ってのポーズだったけれど。


その世界に没頭出来る、その時間が大好きだった。

深夜は街も眠っている。小説の主人公になるにはもってこいだった。



どの位の時間が経っただろう。祭りで見たあの幻が怖くて小説の世界に逃げ込んでいた。


それにしても、るいのあの痣。あれは何なんだろう。気付かないウチに何処かでぶつけた?そんな訳ない。私がずっと見ていたし、お母さんだっていた。それに、あれだけ痣になっていたら流石にるいだってぶつけた事に気付くはずだ。


小説の世界から急に引き戻された。

思い出すと、やっぱり怖いし気になる。本当に何だったのか。


でも、いくら考えてみてもやっぱりわからない。ただの妄想?あのフードの女の子。るいの痣も、それに何か関係があるんじゃないかって気がしてくる。


そしてあの声・・・。


『いけない、もうこんな時間だ・・・』


考え込んでしまって時間を忘れていた。時計を見ると、時間は深夜0時を過ぎていた。


怖いけど、現実的にあんな事がある訳がない。


寝て忘れてしまおうと、仕方なく重い腰をあげた。


しかし寝なきゃと思えば思うほど眠れない。

どうしても気になって寝付けないのだ。時計の音がやけにうるさく感じた。


それでも何とか眠れそうだと思ったその時、隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。るいの部屋だ。


トイレかな?


私も早く眠りたかったし、夜中にるいがトイレに行きたくて目が覚める事はたまにある。だから特に心配もしなかった。



でも。



いつまでたってもるいが部屋に戻る気配がない。少し心配になるともう眠気が飛んでいた。


部屋を出て、1階への階段を降りる。トイレはリビングを出て左。電気は消えている。


あれ?もう部屋に戻ってるのかな?私、気付かない間に寝てた?


再び2階に戻り、るいの部屋の前。


もう寝ているのかと、軽くノックしてみる。返事はない。


『るい?寝てる・・・?』


起こしちゃったら可哀想だ。すごく小さく声にした。そう言いながら部屋の扉を開ける。


『・・・っ!?』


やっぱりいない!!


おかしい。トイレにもいないしリビングにもいなかった。


何より、一階の電気は全部消えていた。


『お父さん!!お母さん!!』


私は両親の寝室に飛び込んだ。




家族全員で家の中を探したがやはりるいはいない。


外に出た?こんな時間に?


何か嫌な予感がする。あり得ない。何より玄関の扉の開いた音は聞こえなかった。でも気付いていないだけで、やはり外に出たんだろうか。


お父さんは家の周りを見てくると言って外に出た。


『お母さん、私もちょっと外見てくる!!』


お母さんは止めようとしていたが、私はいてもたってもいられず外に出た。


るいのお気に入りだったスニーカーは玄関に残ったままだった。



時間は深夜2時を過ぎていた。


仮に何かジュースでも買いに行ったのだとしても1番近い自動販売機までは歩いて数秒だし、最近出来たコンビニでも5分以内だ。


でもやっぱりこんな夜中に4年生のるいが1人で買い物に出るなんて考えられない。


仮に本当に外に出たのだとしたら、何を履いて出たんだろう。


いつもお出掛けする時は、必ずと言っていいほどお気に入りのスニーカーだったのだ。


そもそもジュースなら家の冷蔵庫にもある。


おかしい。おかしい。おかしい。


冷静になれ、そう思えば思うほど焦ってくる。


家に戻る?戻ったらるいはケロっとした顔でどうしたの?なんて言うんじゃないのか?


お父さんが見つけて、連れて帰ってるんじゃないのか・・・


嫌な予感を打ち消すかのようにそう考え家に戻った。

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