喧嘩、というよりもほとんど一方的な暴力行為にさらされていたにもかかわらず、幼年期の友幸の遊び相手は基本的に姉の綿子だった。

 理由はいくつか挙げられる。まず、一番身近なところにいる子供だったこと。次にまだ幼かった友幸は一人で友達を探しにいけるほど家族に放っておかれていなかったこと。そしてなにより、家族に連れられて近所の公園に行ったとしても、身内以外に対して内気過ぎるため結局姉の後ろに隠れてしまうこと。

 こんな経緯から、選択の余地などなく、友幸は姉についていくしかなかった。

 このことをもう一人の当事者である姉がどう受け止めていたかといえば、

「もう、友達くらい一人で作れよ」

 心の底から面倒臭そうにしていた。有体にいって、よく思われてはいなかった。友幸にしてみても、今振り返ってみれば姉の暴力のきっかけの半分以上は自らが作っていたと理解できてはいるものの、当時の感覚ではそんな気持ちはさらさらなく、自分を殴ってくるでかいやつ、という印象しかなく、心の底ではいつかたらふく殴り返してやる、という思いを密かに固めていた。とはいえ、この時点ではそんことは夢のまた夢といった感じで、物理的にはどう頑張っても勝てないのははっきりしていたため、渋々、姉の後ろに隠れて遊んでいた。

 とはいえ、姉はお気に入りのオーバーオールに半ズボンといった姿で、近所の林だとか空き地だとかを駆け回る類の女の子だったため、たびたび置いていかれそうになった。その上、姉自身は友幸と異なり、近所の男の子たちを中心に遊び相手も多く、鬼ごっこやサッカー、裏山の宝探しなどを好んでいたため、家の中を好んでいた友幸はたいてい息を切らし、集団から引き離され、一人取り残されかけることもあった。

 遊び行くたびに年上や同年代の男の子たちから浴びせられる、弱虫だとかちびだとかのありきたりな囃したてを心の底から悔しがりつつも、友幸はなにもできずに地面に蹲って泣いていた。

「泣き虫、うっざ」

 そんな時、姉はわざわざ歩み寄ってきて、心底、鬱陶しそうに言葉を吐き捨てる。より悲しくなって、涙をぼろぼろとこぼす友幸の腕を引っ張り、無理やり立たせた。そして、ぼんやりとしているその頬を思いきり張った。

「さっさと泣きやめ。泣きやまないとまた叩くから」

 そう言って心の準備ができていない友幸の前で、五、四、三、二、一、0、と素早く数えてから、また頬を張る。そして、泣きだしたところで、また数えはじめて、頬を張ったりした。それを何度か繰り返したあと、忌々しげに舌打ちをして、

「はいはい。じゃあ、いつまでもそうやって泣いてな」

 乱暴に言い切って、強引に手を引っ張る。そうして、友人たちと合流した姉は、ごめんごめん、と謝りつつもしばらくの間、手を離さないままでいた。そして、いざ友幸の方を見る時は苛立たしげな顔をする。

 置いていけばいいのに。いざ、置いていかれたら寂しいにもかかわらず、友幸は子供心に、姉の振る舞いに対してわけのわからなさを感じていた。

 後年この時期を振り返った友幸は、おそらく姉は両親に弟のことを任されていたのだろうというごくごく当たり前の結論に辿りつき、それなりに同情することになるのだが、当時はわかるはずもなく、ただただ苛立ちと鬱屈を溜めこみ、日に日に外で遊ぶのが嫌いになっていった。

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