姉の背
ムラサキハルカ
一
自分の近くにいつもいて、背が高い人。それが友幸の姉の綿子に対する第一印象だった。
年齢は姉の方が二つ上。幼い頃の二年というのは、残酷なまでの体格差に繋がりがちであり、それは友幸たち姉弟の関係においても例外ではなく、頻繁に発生する掴みあいの喧嘩においてしょっちゅう押し倒され、馬乗りになった姉にぼこぼこに殴られ、気付いた両親が引き止めるまでそのままだったりするのもざらだった。
「ワタちゃん、やり過ぎでしょ」
こんな具合に母から最初に説教を食らうのはたいてい綿子の方だったが、姉はくしゃくしゃになった短い髪を乱暴に掻きながら、
「だって、トモがワタコのクマちゃんの腕を噛んだんだよ」
自らの正当性を訴えた。それを聞いた母は、あんなにぶったら痛いでしょ、とたしなめこそしたものの、ひとしきり話し終えた後、
「トモ君も、お姉ちゃんの大切なものを壊しちゃダメでしょ」
今度は友幸を叱りはじめる。この時点での友幸には、まともな常識が備わっていないのもあり、ぼくはなぐられていたかったんだよ、と自分の事情のみをとりだして訴えかけた。母は困ったような顔で応じたあと、トモ君もロボットの足を折られたら悲しいでしょ、と諭すように告げた。つまるところ、母親としては大事なものを壊された時の心の痛みだとかを教えようとしていたのだろうが、幼い友幸はただただ、当時毎日のように手にして遊んでいたロボットが壊されてしまう、という想像ばかりを膨らませ、
「いやだよぉぉぉ」
と自らの悲しさを叫びに変えるばかりで、ただただ母親を困らせていた。
「うるさいよ」
そんな友幸の頭に、姉はなんの躊躇いもなく拳を振り下ろした。目の裏に飛び散る火花、鈍い痛み、零れる涙。そして、喉から搾り出される金切り声。
「ワタちゃんもすぐ殴らないのっ」
再びの暴力に、また説教をはじめる母。姉は悪びれるでもなく、だってうるさいんだもん、と口を一文字に閉じる。泣き止まない友幸。駆けつけてくる父親の、いいから泣くな、という罵声。
こんな具合に、友幸の幼年期は誰かしらが叫んでいて、うるささに溢れていた。なにを考えていたか、細かいところまではよくわからない。
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