八 ロドの語る物語

 双天世界ヒュペイトの呼称は、太陽神と月神の化身である金の天輪エルン銀の天輪ギゼットが世界を司っていたことに由来する。

 しかし、もっと古くは、太陽神エルンとは昼の神、月神ギゼットとは昼と夜のあわいの神であった。夜の神には星神ソディアがあり、小さく多数の星は巡りながらも常に夜のあらゆる場所にいるのに対し、大きく眩しい月は満ち欠けを繰り返しながら夜にも昼にも現れるまぐれな存在だった。世界は昼の太陽、夜の星、そして昼夜を自由に行き来する月という三柱の神によって護られていた。

 ところが、星と月では月が明るく美しく人々の崇敬を集め、いつしか月が夜の主と信仰されるようになった。星神もそれを良しとして一歩退いたために、太陽と月による双天世界ヒュペイトが成り立ったのである。


 神々はただそこに在るもので、地上に降りることはない。その代わり、地上に自らの化身を遣わした。

 金の天輪エルンは太陽神の化身。

 銀の天輪ギゼットは月神の化身。

 また彼らの側近くには必ず星神の化身である銀の天星ソディアがいたが、星神は主神の座を退いたためにあまり知られることがなかった。

 双天ヒュペイアと呼ばれる金の天輪エルン銀の天輪ギゼットは、それぞれの神殿に座して交互に世界を治めた。世界を治める金の天輪エルンが没すれば銀の天輪ギゼットが代わり、次の金の天輪エルンを探しながら世界を治める。神の化身は血の繋がりによって継代するものではなく、先代が没するとすぐ、全く無関係のどこかに赤子として産まれる。

 神殿を通して世界を治め、その世界を託す相手を探す、それが双天ヒュペイアの生涯である。

 そうして世界は遥かな時を平和のうちに受け継がれてきた。


 しかし千二百年ほど前、各地に争乱が起こり、全世界に拡大。戦火の中でたくさんの神殿が力を失い、あるいは荒廃していった。

 神にも死の時が近付くのか、長年の間に形骸化した信仰が弱まり神の護りを得る資格を失ったのか、ともかく戦乱の中で安全と余裕を失った人々からは徐々に祈りが失われ、感謝や喜びよりも悲しみや憎しみが世に満ち、やがて太古の昔から規則正しく続いてきた昼夜と季節が乱れ始める。

 太陽が何日も昇らない。あるいは、昇ると三日も沈まない。月が太陽に近づき姿を隠す。また、夜の月が見る間に欠けていく。山の恵みも作物の出来も、潮の満ち引きもめちゃくちゃになった。灼熱の直後に吹雪が続き、作物は凍り、家畜も人もどんどん病みつき、倒れて死んでいった。人はついに神を恨み呪うようになり、救いをもたらさない神殿は恨みを買って、時の金の天輪エルン銀の天輪ギゼットは神殿を破壊されて行方不明となってしまった。

 そしてそれゆえに、戦乱はさらに酷く続いた。


 神の護りを失った世界を覆い尽くして千年大戦とも呼ばれたこの長い戦乱を勝ち抜いたのが、百万殺しの異名をとる大魔導師、武将王ヴァルナルである。荒れ果てた世界はすでに、戦闘魔法に特化した魔導師たちの直接的な武力でなければ統率がとれなくなっていた、それは確かだ。ただ、ヴァルナルの大躍進には謎が多い。

 まず出自が知れない。魔法もどこの筋で修行したか明かされていない。有力な武将の下にいつの間にか現れて武勲を上げ、主が死ぬがその戦歴から別のより強い武将に迎えられ、それを繰り返して戦の頂点に立ち武将王と呼ばれるに至った。

 その時にはもう、ヴァルナルの裏を暴こうと動くことができる者などいなかった。曲がりなりにも戦をしずめ、逃げ惑いながら生き伸びた人々に住む場所と食料を手配し、何人もの武将を討って刑場に晒し世間に溜飲を下げさせたヴァルナルは、英雄として誰にも手の出せない崇拝対象になってしまった。


 ヴァルナルは弱体化した各地の神殿を立て直しながら世界を治めたが、戦が終わり人々の祈りが戻ってきたにも関わらず、神殿の力も日月の巡りも元には戻らなかった。

 この時世界は既に、星をはじめとしたさまざまな神や精霊への信仰を失っている。ヴァルナルは人口の激減などを理由に、復興させる神殿を限定した。太陽や月の神殿を許す一方、星の神殿の再建を認めていない。夜の神への信仰は月の神殿で事足りるという理由で。

 ヴァルナルはまた、金の天輪エルン銀の天輪ギゼットを探すこともしなかった。千年もの戦乱の中で人々の伝承は薄れ神殿の蔵書も失われ、世間は金の天輪エルン銀の天輪ギゼットが交互に治めていた頃の記憶を不可逆的に失っていた。

 神殿はすでに、かつてのように世界と人の仲立ちをする存在ではなく、ヴァルナル治世の信仰部門にすぎなかった。その証拠にヴァルナルは、神殿の意思意向と自分の判断では自分の判断の方を圧倒的優位とした。


 そして百年が過ぎようとする頃、月の神殿とヴァルナルの対立が起こった。神殿がヴァルナルに従わない、ふたごころを抱いているのではないか、と人々の間に不安が広がったある日、月の神子が太陽を盗んだ、という衝撃の知らせが世界を駆け抜けた。

 月の神殿の神官たちが共謀して太陽を呪い、牢獄世界クルディカに送ってしまった――と発表されたが、実際のところそんな大きな術の発動を事前準備段階でヴァルナルが掴めなかったのか、という疑問は残る。神殿の活動や運営はすべてヴァルナル治世の裁量下で行われていたからだ。

 ともあれ、この重大事態を謀反としたヴァルナルは太陽の神殿と共に月の神殿の勢力と戦い、当然勝利を納めた。百戦錬磨のヴァルナルに、戦で神殿が勝てるはずもない。

 罪に問われた月の神殿の面々が断固拒否したため、太陽は牢獄世界クルディカから戻らなかった――というのも本当のところは分からない。裁きの場で月の神殿の神子たちは、高位の神官に至るまで皆、何一つ預かり知らぬと訴えた、という噂もあった。

 しかしすべてはヴァルナルの決定通りに動く。

 月の神殿の神官や神子たちはすべて罪人として牢獄世界クルディカに送られ、月の神殿は閉鎖。また、神官や神子の称号は剥奪され、その後は単に月の魔導師と呼ばれるようになった。

 こうして二年前、双天世界ヒュペイトは太陽を失った。牢獄世界クルディカ時間で十五年ほど前のことである。


 永遠の夜が始まったことを知った人々は不安がり、再び世は不穏な空気に覆われ始める。太陽の神殿は総力をあげて人々のため祈ったが、主神たる太陽を奪われた無能の集団としてさげすまれ、各地の神殿も襲われる事態となった。

 そんな中、牢獄世界クルディカに送られた月の魔導師たちが双天世界ヒュペイトに攻め込もうとしているとの情報が出てきたのである。双天世界ヒュペイトから太陽を奪ったのも、敵対する太陽の神殿の力を削いで自分達たちに有利な夜の中で戦ができると見込んでいるからだという。

 双天世界ヒュペイト牢獄世界クルディカの行き来を監視する境界神、世界鏡の番人リステリアからこれを告げられたとして、武将王ヴァルナルは、牢獄世界クルディカにいる月の魔導師たちをついに滅ぼすことを苦渋のうちに決断した。――と、公表された。





   *   *   *





「っていう感じなんだけどめちゃくちゃ自作自演っぽいと思わない?」

 両手を広げて言うロドに、アニヤは我慢できないというように声を上げた。

「出自など、どうでもいいことじゃないでしょうか? 生まれが高貴かどうかではなく、その行いが善いかどうかです。それに、歴代の主を殺したような言い方も不愉快です。月の魔導師たちの謀反についても、まるでヴァルナル様の仕組んだことのように言われるのは納得がいきません。あれでどれほどの人々が大変な目に遭ったか。世界中の人々に平和を取り戻すために戦ったヴァルナル様が、そんなことするはずありません」

「そもそも英雄してるのも芝居で、誰がどう死のうが別に心も痛まないとしたら?」

「そんな邪悪な方ではありません!」

 アニヤの泣きそうな声が耳と気分に刺さる。俺はそっち側の人間だからだ。これまでどの標的の死体を見ても心が痛んだりはしなかった。これから殺すということ自体にも。

 その通りだ、アニヤ。俺は邪悪だ。

 早く気付いて、一飯の恩なんか忘れてしまえ。

 お前は生きていてくれ、理由は分からないけどそう思う。

 誰にもその眼を盗られるな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る