九 すべて聖なるものは滅び
ロドは
「ヴァルナルが支配する世界で、ヴァルナルを含む人たちからお嬢さんが聞いた話が、支配に都合の悪い話である確率は低いよね」
正史の目線ってやつがあるのは確かだろうな、と俺は思うが、アニヤは膝の上で両手を握りしめて黙っている。
「……同様に、僕が語る話は僕から見た、ある意味で僕に都合のいい話。これも主観だからね。では僕は誰で、何の立場でこれを語っているかという点が重要になってくる。誰に聞かせるために話しているかという点もね。
僕は今、
そうすると、
「は?」
今日三回目だった。
ロドは俺の方を指差す。
「だってそれ、
「は」
四回目。
「君が
「いや、ちょっと」
さすがにそれは。
アニヤがガチの電波であって、電波なりの何かの理由で俺を殺そうとするのであれば、俺が死を回避するかどうか、そのためにアニヤを殺すかどうかという割と現実的な問題として捉えることができる。この場合、
だが、俺がギゼットだかいう月のナントカである、それゆえに俺にはすべきことがある、という話になってくると問題のラインが変化する。こいつらがマジで妄想を抱えた疾患としての電波である場合、大変たちが悪い。
アニヤはさっきヴァルナルを悪く言われた時よりも難しい顔で、ロドに言う。
「お話に根拠がありません。私ごときが太陽神の化身とはとても思えません。それに、ハスムラが月神の化身というなら月の神殿の神子として捕縛されこちらに送られたのでしょうが、
「いいね、洗脳外れかけてきてるね」
ロドはにこやかで、もはや気持ち悪い。よく考えてみると俺は
「じゃあ
「……夜空にかかる眼の神さまたち」
そうそう、とロドは少し嬉しそうに頷いた。
「夜空の
青年、君が殺し続けているのはみんな、その眼だよ。
「あのな、」
「一旦ひとまとまりになるまで聞いて。で、
怪訝そうな顔でアニヤが頷くと、ロドもひとつ頷いて話を続ける。
「そんなこと可能だと思う? 月の神殿総員捕まえられたような非常時に。だって神だよ。地上に神殿があるわけでもなく、どんな神かほとんど誰も知らない
「りすきー」
「ああ、ええとね、あまりにも危険な賭けで割に合わないってこと。
そもそも
「でも実際に太陽は昇らなくなりました」
「日月の巡りは乱れてきてからもうかなり長かったんだろう。悪化が進んで顔出さなくなったってことじゃないの? 常に真っ暗で何の光もない? 薄明になる日もあるのなら太陽が消えたのではなく、あるけど地平より上に出ないというだけだ。それに、実は月も昇らない日が増えてるんじゃないか? 元々月の方が巡り方が
ヴァルナルはその時期を予想し、でっち上げの謀反話で月の神殿を滅ぼした。星の神殿に続いて。そして、最後に太陽の神殿も滅ぼそうとしている。神子たちは人望を失い追い詰められたところを、謀反人討伐のためとして皆
これで
アニヤは呆然とした様子でロドを見ている。ロドは俺の方を見て、はいどうぞ、というような片手の仕草をした。
「いいよ。次は君の質問受け付ける。君はハスムラ君ね」
「クソ長い電波話に乗るのも
ロドの身体の脇で浮かんだペプシのキャップが回転し取れていく。宇宙ステーションからの映像みたいだがボトルが回転せず中身の液体も出てこないところがちょっと違う。
「そうなんだよね。月の神子たちは普通に記憶と魔法を失って、何も知らずにこちらで暮らしてる。だから
「目的は」
「もしも正常だったら、太陽の神子たちも高位神官以外は片眼を取られるかわりに記憶と魔法を保つはずだよね。でも観測されてる事実は? 眼を取られてないが記憶を部分的に失い人を襲って捕まってる。僕が調べた限り、捕まった者たちはうまく月の神子を標的にできてない。なんかもう誰でもいい感じね。記憶は欠けて、魔法もほぼ失ってる。これはお嬢さんが聞いたヴァルナルの計画と全然違うよね。でも僕の話した通りヴァルナルが太陽の神殿をも潰そうとしてるのなら、これで正しい。
「ヴァルナルって奴が
「と考えるのが妥当。あと僕の記憶があるのは
「いや、待てよ。さっき、どんな神かほとんど誰も知らない
「あれは、千年戦争で失われた古い世界の知識を持ってる。出自が不明って話をしたでしょ。かつての世界のことを歪んだ形であれ確かに語り継ぐ、闇の神々の末裔なんだ。太古の昔に太陽・月・星の三神が駆逐した勢力だけど、闇もまた世界の一要素なので滅ぼすには至らず、人間として辺境で細々と代を重ねてる。ていうか、何なら僕もその一族の出だからね。当時大変だったんだよ、里抜けするの」
はっとした様子でアニヤが顔を上げた。
「じゃああなたは、元々ヴァルナル様を知っているんですか?」
「知ってる。幼馴染だよ」
あっさりと答えてロドはペプシを飲んでいる。あまり愉快そうではなかった。
「あいつは一族の中でも飛び抜けて異常な行動力を伴う邪悪さがあって。こうと決めたら譲らず、子供ながら争いの相手を殺すことも日常茶飯事。またそれを良しとする一族だったからね。
ヴァルナルは古い神話の言い伝えにある闇と魔を、不当に滅ぼされたかつての支配者の
そんな、とアニヤが弱々しい声で呟いた。父のように慕っていた存在、命の恩人。それがいわゆるラスボスと言われればもちろんショックだろう。だが、そんなアニヤにロドは容赦ない。
「星の神が夜空にかかる眼の神さまという話、お嬢さん、誰から聞いた? その話は僕の育った闇の里では伝えられてたけど、里の外に出てみたら一切失われていた。星の神殿はなく、他の神殿の記録にもない。だけどヴァルナルなら知っている。
もうひとつ、君が銀の紋章のことを知ったのは? 誰から聞いた? 紋章は神の化身にしかない。つまり世界でたった三人にしかない。その知識も既に失われたはずのものだ。でもヴァルナルは知ってる。僕にも同じ紋章があるからね、彼から隠し通すの苦労したよ。賭けてもいいけど君の金の紋章、ヴァルナルは見て知ってるよね」
アニヤの顔がみるみる青ざめていく。どちらの話もヴァルナルから直接聞いたのだろう。娘のように可愛がられていたという言い方だったから。
そしてヴァルナルは、
「私に紋章のことを教えて
「
失われた古い神話にはこうある。太陽が月を、月が太陽を殺すとき、ふたつの光は消え、すべて聖なるものは滅び、闇と魔の時代が始まる、とね」
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