九 すべて聖なるものは滅び

 ロドはくつろいだ様子で、物語は語り手の主観に依存するものだよ、と言った。

「ヴァルナルが支配する世界で、ヴァルナルを含む人たちからお嬢さんが聞いた話が、支配に都合の話である確率は低いよね」

 正史の目線ってやつがあるのは確かだろうな、と俺は思うが、アニヤは膝の上で両手を握りしめて黙っている。

「……同様に、僕が語る話は僕から見た、ある意味で僕に都合のいい話。これも主観だからね。では僕は誰で、何の立場でこれを語っているかという点が重要になってくる。誰に聞かせるために話しているかという点もね。

 僕は今、双天世界ヒュペイトを追われた銀の天星ソディアとして、金の天輪エルン銀の天輪ギゼットに話している。君たちと僕でこの牢獄世界クルディカから双天世界ヒュペイトに帰還し、世界をあるべき姿に戻すために」

 銀の天星ソディアは星神の化身。それがロドで。

 金の天輪エルンは太陽神の化身。流れ上は太陽の神殿の神子だというアニヤ?

 そうすると、銀の天輪ギゼット、月神の化身は。

「は?」

 今日三回目だった。

 ロドは俺の方を指差す。

「だってそれ、銀の天輪ギゼットだけに現れる模様だからね」

「は」

 四回目。

「君が銀の天輪ギゼット銀の天星ソディアの僕が言うんだから間違いない」

「いや、ちょっと」

 さすがにそれは。

 アニヤがガチの電波であって、電波なりの何かの理由で俺を殺そうとするのであれば、俺が死を回避するかどうか、そのためにアニヤを殺すかどうかという割と現実的な問題として捉えることができる。この場合、双天世界ヒュペイトとか何とかの話の真偽は丸ごと棚上げできる。

 だが、俺がギゼットだかいう月のナントカである、それゆえに俺にはすべきことがある、という話になってくると問題のラインが変化する。こいつらがマジで妄想を抱えた疾患としての電波である場合、大変たちが悪い。

 アニヤはさっきヴァルナルを悪く言われた時よりも難しい顔で、ロドに言う。

「お話に根拠がありません。私ごときが太陽神の化身とはとても思えません。それに、ハスムラが月神の化身というなら月の神殿の神子として捕縛されこちらに送られたのでしょうが、双天世界ヒュペイトの記憶を持っていないようです。世界鏡の番人リステリアが呪い壊され月の魔導師たちが記憶と魔法を保って牢獄世界クルディカに潜伏しているという、ヴァルナル様のお話とは違う。逆にあなたはなぜ、こちらにいるのに双天世界ヒュペイトの記憶があるのですか。なぜ、双天世界ヒュペイトで語られないことを知っているのですか」

「いいね、洗脳外れかけてきてるね」

 ロドはにこやかで、もはや気持ち悪い。よく考えてみると俺は生業なりわいの都合上あまり人と接することがなく、こんなに長く喋る奴と一緒にいること自体が極めて珍しいのだ。ラジオは聴く、テレビもYouTubeも観る。だが生身の人間が、不特定多数ではなく俺を含むごく少人数だけに向けて喋っているというこの状況は逃げがきかない。

「じゃあ世界鏡の番人リステリアについて答える。あの神は、太古の昔に神たる銀の天星ソディア自身が造った。牢獄世界クルディカを造った時、必要になったからだ。それで少し銀の天星ソディアに似ている。お嬢さんはさっき、失われた古い星神のことを何て言った?」

「……夜空にかかるたち」

 そうそう、とロドは少し嬉しそうに頷いた。

「夜空のまたたく星々が、人々には神の眼の瞬きに思えたんだね。もちろん旧主神三柱に含まれる星神は、例えば風の神のようなじゃないから、眼の神、見る神というだけのものではないんだが、見る要素は確かに持っていた。

 世界鏡の番人リステリアは眼の神の姿をしている。全身に無数の眼があって、一つ一つが牢獄世界クルディカ中を見ている。通行料に片眼が必要なのはそのためだ。眼を奉納するなら通してやるということ。

 青年、君が殺し続けているのはみんな、その眼だよ。世界鏡の番人リステリアの眼はひとつひとつが人の姿をしてこの世界に紛れ込んでいる。その中で、呪いを受けて月の神子たちを追っている眼を君が潰してきた。君は銀の天輪ギゼットだから、本能的に月の神子たちを護ろうとしてる。自覚はなくても」

「あのな、」

「一旦ひとまとまりになるまで聞いて。で、世界鏡の番人リステリアの眼がどう呪われてるかという話ね。お嬢さんが聞いた話だと月の神子たちが罪人として送られる時に破壊工作があって、月の神子たちは記憶と魔法を保ってるらしいと言われてるんだよね?」

 怪訝そうな顔でアニヤが頷くと、ロドもひとつ頷いて話を続ける。

「そんなこと可能だと思う? 月の神殿総員捕まえられたような非常時に。だって神だよ。地上に神殿があるわけでもなく、どんな神かほとんど誰も知らない世界鏡の番人リステリアだ。罪人として移送されながらぶっつけ本番でうまく呪おうなんて自信過剰にもほどがある。そんなことを、太陽を盗む計画に元々組み込んでいたと思う? 何もかもあまりにリスキー過ぎる」

「りすきー」

「ああ、ええとね、あまりにも危険な賭けで割に合わないってこと。

 そもそも世界鏡の番人リステリアを壊す以前に、太陽を牢獄世界クルディカに盗むってことがあまりにも大それている。できる者がいるか?」

「でも実際に太陽は昇らなくなりました」

「日月の巡りは乱れてきてからもうかなり長かったんだろう。悪化が進んで顔出さなくなったってことじゃないの? 常に真っ暗で何の光もない? 薄明になる日もあるのなら太陽が消えたのではなく、というだけだ。それに、実は月も昇らない日が増えてるんじゃないか? 元々月の方が巡り方がまぐれだから気付かれていないだけで。

 ヴァルナルはその時期を予想し、でっち上げの謀反話で月の神殿を滅ぼした。星の神殿に続いて。そして、最後に太陽の神殿も滅ぼそうとしている。神子たちは人望を失い追い詰められたところを、謀反人討伐のためとして皆牢獄世界クルディカに送り込まれ、記憶は飛んでるんだろ?

 これで双天世界ヒュペイトからは、星、月、太陽のすべての神殿が消えてヴァルナルの天下になるってわけ」

 アニヤは呆然とした様子でロドを見ている。ロドは俺の方を見て、はいどうぞ、というような片手の仕草をした。

「いいよ。次は君の質問受け付ける。君はハスムラ君ね」

「クソ長い電波話に乗るのもしゃくだけど、まだ整合性取れてなくねえ? 結局どういうこと? 月の神殿のやつらがこっちに送られる時には世界鏡の番人リステリアは正常だった。でも今は正常じゃない。流れ的にそういう話になるけど、何でだ? それと何であんたは元の世界の記憶がある」

 ロドの身体の脇で浮かんだペプシのキャップが回転し取れていく。宇宙ステーションからの映像みたいだがボトルが回転せず中身の液体も出てこないところがちょっと違う。

「そうなんだよね。月の神子たちは普通に記憶と魔法を失って、何も知らずにこちらで暮らしてる。だから世界鏡の番人リステリアが壊されたのは最近、この二年以内。太陽の神子たちが送り込まれる前」

「目的は」

「もしも正常だったら、太陽の神子たちも高位神官以外は片眼を取られるかわりに記憶と魔法を保つはずだよね。でも観測されてる事実は? 眼を取られてないが記憶を部分的に失い人を襲って捕まってる。僕が調べた限り、捕まった者たちはうまく月の神子を標的にできてない。なんかもう誰でもいい感じね。記憶は欠けて、魔法もほぼ失ってる。これはお嬢さんが聞いたヴァルナルの計画と全然違うよね。でも僕の話した通りヴァルナルが太陽の神殿をも潰そうとしてるのなら、これで正しい。世界鏡の番人リステリアに仕掛けをしておくことで、通過した太陽の神子たちの記憶を奪い、元の世界にも帰さない」

「ヴァルナルって奴が世界鏡の番人リステリアを壊した?」

「と考えるのが妥当。あと僕の記憶があるのは銀の天星ソディアだから。元々は罪人として送られてきたんだけど、銀の天星ソディアだとは誰にもばれてなかった。高位神官よりもさらに上の扱いになるので記憶も魔法も消えないの。お嬢さんも同じ。ついでに僕が最近の双天世界ヒュペイトの様子を知ってるのは、時々勝手に向こうに帰ってたから。直近ではこっち時間の五年前で、その時は世界鏡の番人リステリアは正常だった」

「いや、待てよ。さっき、どんな神かほとんど誰も知らない世界鏡の番人リステリアをうまく呪うなんてできるかみたいな話だったよな? 何でヴァルナルならできるんだ」

「あれは、千年戦争で失われた古い世界の知識を持ってる。出自が不明って話をしたでしょ。かつての世界のことを歪んだ形であれ確かに語り継ぐ、闇の神々の末裔なんだ。太古の昔に太陽・月・星の三神が駆逐した勢力だけど、闇もまた世界の一要素なので滅ぼすには至らず、人間として辺境で細々と代を重ねてる。ていうか、何なら僕もその一族の出だからね。当時大変だったんだよ、里抜けするの」

 はっとした様子でアニヤが顔を上げた。

「じゃああなたは、元々ヴァルナル様を知っているんですか?」

「知ってる。幼馴染だよ」

 あっさりと答えてロドはペプシを飲んでいる。あまり愉快そうではなかった。

「あいつは一族の中でも飛び抜けて異常な行動力を伴う邪悪さがあって。こうと決めたら譲らず、子供ながら争いの相手を殺すことも日常茶飯事。またそれを良しとする一族だったからね。

 ヴァルナルは古い神話の言い伝えにある闇と魔を、不当に滅ぼされたかつての支配者のおとしめられた姿と考えた。こっちの宗教でもよくあるでしょ、支配した土地の土着神が支配側宗教の邪神や悪魔として取り込まれるあれ。あの感じで、太陽や月の神こそ簒奪者であり、自分は本来世界を支配すべき存在の末裔と考えた。だから全部滅ぼして、自分が世界を手に入れようとしている」

 そんな、とアニヤが弱々しい声で呟いた。父のように慕っていた存在、命の恩人。それがいわゆるラスボスと言われればもちろんショックだろう。だが、そんなアニヤにロドは容赦ない。

「星の神が夜空にかかるという話、お嬢さん、誰から聞いた? その話は僕の育った闇の里では伝えられてたけど、里の外に出てみたら一切失われていた。星の神殿はなく、他の神殿の記録にもない。だけどヴァルナルなら知っている。

 もうひとつ、君が銀の紋章のことを知ったのは? 誰から聞いた? 紋章は神の化身にしかない。つまり世界でたった三人にしかない。その知識も既に失われたはずのものだ。でもヴァルナルは知ってる。僕にも同じ紋章があるからね、彼から隠し通すの苦労したよ。賭けてもいいけど君の金の紋章、ヴァルナルは見て知ってるよね」

 アニヤの顔がみるみる青ざめていく。どちらの話もヴァルナルから直接聞いたのだろう。娘のように可愛がられていたという言い方だったから。

 そしてヴァルナルは、金の天輪エルンだと分かっていてアニヤを死地に送り込んだ、というわけだ。

「私に紋章のことを教えて牢獄世界クルディカに送り込んだのは」

金の天輪エルンである君だけは、誰でも殺せばいいのではなくて、銀の天輪ギゼットを選んで殺させたかったから。

 失われた古い神話にはこうある。太陽が月を、月が太陽を殺すとき、ふたつの光は消え、すべて聖なるものは滅び、闇と魔の時代が始まる、とね」


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