三 始発電車と電波の話
背を向けても墜落女が追ってこないのは良かったが、まずいことにもう夜が明けてきていた。俺は神社正面の石階段を避け、脇の林道を降りて駅まで行くことに決めた。川沿いにサイクリングロードがあるから早朝の散歩を装う。だが、問題はコスプレ女の目立つ服装だ。
「その上に着てるやつ脱いで、こっち着てろ」
自分のフードつきジャンパーを脱ぎ、リバーシブルのそれを裏返して女に渡す。少しは二人とも見た目の印象が変わるはずだ。今回、俺が中の服に返り血を浴びていなかったのが幸いした。
女の着物は薄手だったので小さく丸め、買い物用に持っていたエコバッグに突っ込んだ。ジャンパーに入れてあったナイフもエコバッグの中。
それから気がついて、予備に持っていた不織布マスクを掛けさせた。これで顔はだいぶ見えなくなる。
「かなり確実な予感があるんだけど、あんた金持ってないよな」
「神子は貨幣を使う必要がありません」
「はいよ。まあいいわ、電車の料金くらいおごる」
「デンシャとは?」
「あっ、すげー嫌な予感追加されたな今」
見ると、女は川や空をしきりに観察している。まだ流れ星が出ているが気になるのだろうか、こっちの話を聞いちゃいない。
「何かあるのか」
「私、昼が久しぶりなんです。今の
「そうかい。俺が生まれてからは毎日太陽が昇ってるし、よその世界の話は聞いたことねえな。ところでどっかで朝飯食う? 薬は? 何飲んでる。俺は半月くらい切らしてるけど」
「私は健康です。お薬は必要ありません。神殿外の任務を拝命できるのは心身ともに健康な神子だけです」
謎世界設定が揺らがない。これはちょっと手強いかもしれない、と考えたとき、盛大な腹の音が聞こえた。俺ではない。コスプレ女だ。見ると、視線を宙に
「……人のことだしどうでもいいけど、金持ってなくてどうやって移動してメシ食うつもりだったわけ。拠点でもあるのか」
「ありませんが、狩りができます……」
「道具は?」
「魔法で」
「街中ではおすすめしない」
溜め息が出た。狩猟で食い繋ぐ気だったとは。……話が本気だとしてだが。
サイクリングロードを出ると、女は信号機を見て立ち止まり、コンビニの自動ドアに目を丸くし、駅に着いたら着いたで、Suica持ってないなら切符買ってこいと小銭をやったら「きっぷとは何ですか」と言った。クソ面倒くさくなって俺が代わりに券売機で切符を買い、硬券を渡した。俺は手袋をしているが女は素手で切符を受け取る。指紋を残さないという意識は持っていないようだ。
自動改札機も何だか分からない様子で見つめるから使い方を教え、階段を通ってホームへ。女は電光掲示板を何とも言えない表情で見上げ、自動販売機を凝視し、始発電車が入ってくると目にも明らかにガッチガチに硬直して視線だけで俺の方を見た。自動開閉扉にもビビり、電車に乗れば発車に驚いてきょろきょろし、やはり明るい世界や流れ星が珍しいのか窓の外を飽きずに見つめ、アナウンスが入るたびに音源を探す素振りをする。
何だろうな、この生き物は。未開のド田舎から生まれて初めて街に出てきた中学生でも連れて歩いてる気分だ。
とりあえず、始発電車の中は適度にうるさくて人が少ない。聞かれてまずい話をするには好都合だ。俺は突っ立ったまま窓に張り付いているコスプレ女を手招きで隣に座らせ、必要な情報を探ることにした。
「まず基本的なことなんだけど名前何? 俺は
「ハスムラですね。よろしく。私はアニヤ」
OK、これでコスプレ女と呼ばなくてもよくなった。
「神子って言ったか?」
「太陽の神殿に仕える神子です。あなたは?」
「俺はただの人殺し」
「傭兵みたいなものですか?」
「ちょっと違うかな、金もらって殺してるわけじゃないから。個人的な都合。つーか、怖がらねえのな」
「子供時代からずっと戦続きですから。私も戦闘術を修行していますし大義のためには
俺の都合は大義とかではないのだが、細かいことはまあいい。
「分かった。アニヤ、ここまで聞いた話だとあんたは胸のあたりに銀の紋章のある人間を探してる。同じ服装の他の奴らもあんたと同様に、銀の紋章のある月の魔導師だかを倒すために来たって言い方をしたな。どこから来た?」
「
「で、ここを何て呼んだっけ?」
「
やや困る。音がご新規さんなのに何となく意味が分かるのが何故なのか分からない。魔法かな。ふざけんなよ。
「で、改めて、何をしに?」
訊くと、アニヤはやや上目使いに俺の方を見た。こんなに近くで見ているのに、カラコンの境目が見えない。まさか生の色なのか。
俺が貸した男もののジャンパーをぶかぶかに着ているアニヤは、真っ白な肌に大きな瞳、きれいに結い上げた髪と細い首に過剰なアクセサリーが手伝って、夜のお姉さんが男の上着を借りているみたいにも見え、独特な魅力がある。目尻の金色のアイライン以外は化粧もしていないようなのに十分綺麗と言われるだろうレベルに顔が整っているのも大きい。これは恐らく人目を引く。長く一緒に行動することになったら透かしの眼鏡を買ってやった方がいいかもしれない。
「ハスムラは私の話を信じますか?」
電波の電波話を信じるもクソもないわけだが、相手が何を考えてるか知る必要はある。
何のために?
こいつが何故、銀の紋章とやらを見つけたがっているのか探るために。
こいつを殺す必要があるのかどうかを、確実に知るためにだ。
「とりあえず聞かせてくれ。今のところ俺はあんたの話に興味がある」
アニヤは少し笑った。
こいつを殺すとどんな表情になるのか想像ができない。
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