二 コスプレ女とみかん色

「ええと、悪いけど移動中で時間ない」

「じゃあ一緒に行きますので話の続きを」

「いや、やめてくれ。あんたの格好は目立ちすぎる」

「神殿に仕える神子の装束ですが、……ああ、こちらには精霊も神もないのでしたね。この格好は珍しいのですか」

「よく知られてるよ」

「何故? 牢獄世界クルディカの者は双天世界ヒュペイトの記憶がないはずでは」

 よく分からん設定が多い。電波の電波話は下手に否定しない方がいいと聞いたような気がするから一旦流す。

「知らねえけど流行ってんだろ、それ。最近捕まる記憶喪失の暴行犯が大体そんなカッコしてる」

 どこかで見た格好と思ったのも無理はなかった。記憶喪失の人間が各地で傷害事件を起こしては逮捕される一連の事件で、逮捕者がほぼ例外なくノーマスクでを着ており、そのイメージ映像がどの情報番組でも再三放送されていた。俺も当然その映像を繰り返し見ているのだ。

 スクエアネックのカットソーのような服の上に、前身頃だけ着丈の短い白い着物を重ねて着流している。背中側は長く足首後ろまでの丈がある。袖は振袖とはいかないものの長めで、裾にタッセル。そして白い袴。全身白、これが案外目立つ。布地はよく見る袴よりはずっと柔らかく広がり、固いひだではなくギャザーがたくさん寄せられていて、布自体何枚か重ねられているらしい。すべての裾に金糸の刺繍。和装に似ているのに靴は革靴。まあ合わなくもない。そしてちょっと多すぎるくらい多い、くすんだ金のアクセサリー。ブレスレット、ペンダント、ピアス……動いてもしゃらしゃら音がしないのは不思議だ。

「最近よく出る暴行犯と同じ格好してるから、間違いなく目立つな」

「暴行犯……聞き捨てなりませんね。この装束の者なら私と同じ、太陽の神殿に仕える神子です。皆、月の魔導師を倒すために来ました」

 謎設定が増えてきた。

「一人でも多く月の魔導師を倒し、牢獄世界クルディカに奪われた太陽を双天世界ヒュペイトに取り戻すのが私たちの役目です。それを暴行犯とは、とんでもない! 牢獄世界クルディカの罪人の分際で口出しすべきことではありません。すぐに全員解放しなさい」

「俺に権限ないんで」

 数秒見合った。

「この世界の牢はどこに?」

「さあね。各地の警察とか」

「ケエサツ? ……そもそも私たち神子が、魔法も使わない牢獄世界クルディカの者に捕まったりするはずが――」

 言葉の途中で世界の照度が急に上がった。間違ってカメラの露出を大きくしすぎたみたいに視界が白くなり、ほとんど間を置かずに足の裏が浮くほどの震動と轟音。ずしん、と腹にも響くほど。

 この国に暮らす人間にとって大地の揺れはまず地震、地震に音がつくものは高確率に大規模で危険だ。俺も例外ではなく、脳内の危険度メーターが瞬時に跳ね上がるのを感じた。ここは神社。高台。海は遠い。津波は来ないが住宅街に切り崩された小山で、土砂崩れの可能性が。

 光はすぐに引いて、通常の視界が戻ってきた。俺は石階段の下の電柱を探した。揺れているか? ……揺れてはいない?

 コスプレ女はどうしたか、と振り返ると、木立の方に駆けていくのが見える。その向こうに誰か倒れていた。さっき女が倒した俺の追っ手ではない。服装が違う。

 コスプレ女と同じ服装の、別の女が地面に横たわっている。

 誰だ。地震じゃなかったのか。知り合い? 神社は崩れていない。隕石? 複数の反応をランダムに処理しながら俺はコスプレ女の近くまで追っていく。

 枯れ葉に覆われていた地面が円形に焼け焦げてへこみ、まるでクレーターみたいだ。その中心に、女が仰向けに倒れている。見たところ怪我はなさそうで意識はあり、起き上がって辺りを見回すが、何が何だか分からないというような顔をしている。

 同じ服装同士の女が二人、視線が合ったようだった。

「どこだ」

 女はまるで心の無い者のように口を動かす。

「どこだ。殺す」

 コスプレ女が一歩、二歩と後ずさった。なんだ、と声をかけると、視線だけでこちらを見て答える。小声で。

「記憶が欠けてる。どうしてか分かりませんが」

 状況からみて、女はどこかから墜ちてきたのだ。ではさっきの光や震動とは無関係で木の上にでもいたのか? それは考えにくい。この焦げたクレーターの説明がつかない。

 考えるまでもない。することは一つだ。俺はコスプレ女の後ろ襟首を掴む。

「移動だ。ニュース通りならこいつはこの後、周りの人間に暴行する。死にゃしねえから放っとけ」

「でも」

「銀の紋章だかの話が知りたいんじゃないのか? このままいたら、他のコスプレ暴行犯みたいにあんたも捕まるぞ。一旦助けてやるって言ってんだよ、シャキシャキ歩け」

「どうして……」

「どうしてって」

 見上げてきた大きな目。茶色とみかん色の虹彩は本当に見たこともない色で綺麗だ。生きている人間にそんなことを思ったのは多分ひどく久し振りで、俺は柄にもなく少し戸惑った。

 だが、言うことは言い、必要な移動をしなければならない。

「俺は人殺しだからな。集まってくる奴らに見つかりたくないんだ。絶対に」

 コスプレ女は、すでに十分大きかった目をさらに大きく、真ん丸にして俺を見た。



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