四 アニヤの語る物語

 双天世界ヒュペイトに太陽が昇らなくなって、もう二年あまりが経つ。今、世界は常に夜で、時たま薄明の日があるのみだ。


 かつて世界はその名の通り、精霊や神々の最上位にある太陽と月の双天ヒュペイアにより支えられていた。各種の神殿の中でも太陽と月の神殿は特別に格が高く、人々の尊敬を集め、世界を治めていた。

 ところが千二百年ほど前、各地に争乱が起こり、全世界に拡大。戦火の中で多くの神殿が力を失い、あるいは荒廃していった。

 祈りを欠き、戦乱による悲しみや憎しみが世界に満ちた結果、太陽と月はその運行に異常を来たし始めた。たちまち昼と夜の間隔が乱れる。季節も作物もめちゃくちゃになり、世界は滅びに向かいながら戦火だけを燃やし続けた。そして約百年前、その戦乱を勝ち抜き、生き残った人々を治めるようになったのが武将王ヴァルナルである。もはや神官たちの魔法や説教ではなく、戦闘魔法に特化した魔導師たちの直接的な武力でなければ世界は統率がとれなくなっていた。

 ヴァルナルは自らは信仰と距離を取る魔導師でありながらも、弱体化した各地の神殿を立て直しながら百年近く世界を治めたが、戦が終わり人々の祈りが戻ったにも関わらず均衡の崩れた世界の中では神殿の力も回復の兆しがなく、ついには月の神殿とヴァルナルが対立し謀反騒ぎとなった。月の神殿の神官たちが共謀して太陽を呪い、牢獄世界クルディカに送ってしまったのである。怒ったヴァルナルは太陽の神殿と共に月の神殿の勢力と戦い、勝利を納めた。

 その結果、月の神殿の神官や神子たちはすべて罪人として牢獄世界クルディカに送られ、月の神殿は閉鎖された。また、神官や神子の称号は剥奪され、その後は単に月の魔導師と呼ばれるようになる。

 罪に問われた月の神殿の面々が断固拒否したため、太陽は牢獄世界クルディカから戻されなかった。というより、使った術が大き過ぎ、もはや戻すことができなかったのだ。神官たちは、こころざしを一にする当時の神官と神子全員を組み込んだ大規模な術式によって太陽を盗んだという。

 こうして、太陽を失った世界には長い夜が訪れた。


 二年が夜のうちに過ぎた。

 太陽を失った世界でヴァルナルは何とか人々の暮らしを支えてきたが、最近になって、牢獄世界クルディカに送られた月の魔導師たちが双天世界ヒュペイトに攻め込もうとしているとの情報が出てきた。双天世界ヒュペイトから太陽を奪ったのも、敵対する太陽の神殿の力を削いで自分達たちに有利な夜の中で戦ができると見込んでいるからだという。

 そこで武将王ヴァルナルは、牢獄世界クルディカにいる月の魔導師たちをついに滅ぼすことを苦渋のうちに決断した。


 牢獄世界クルディカは太古の昔に神々が造り出した世界で、罪人の流刑場所として使われている。そこでは精霊も神もないため魔法は弱まり、人の寿命も短くなってしまう。時間の流れの違う双天世界ヒュペイトとの行き来は厳格に制限され、境界神である世界鏡の番人リステリアが赦さなければ移動ができない。

 世界鏡の番人リステリアは、双天世界ヒュペイトの罪人が牢獄世界クルディカに送られるに当たってはその記憶を封じ、魔法の大部分を没収する。また高位神官や大魔導師を除き、罪人でない者が通る場合には代償が必要だ。例えば片方の目玉など。

 しかし、月の魔導師たちは何らかの策を弄して双天世界ヒュペイトの記憶を保っていると考えられた。そして調査の結果、世界鏡の番人リステリアが強い呪いを受けその能力に異常をきたしていたことが判明した。時期は恐らく二年前、謀反の罪に問われた月の魔導師たちが終身刑となって世界鏡リステリアを通った頃。

 つまり、月の魔導師たちは代償も支払わずに当時の記憶を留めたまま双天世界ヒュペイト時間で二年もの間の、武将王ヴァルナルをあざむき反乱の準備を進めている可能性がある。


 もはや猶予はならぬ、と決断したヴァルナルは、最も信頼する太陽の神殿とその神子たちに、牢獄世界クルディカへの世界渡りと月の魔導師たちの討伐を下命した。

 アニヤは太陽の神殿に仕える神子で、幼い頃、戦火の中でヴァルナルに命を救われ、以来ヴァルナルと神に忠誠を誓って懸命に修行に励んできた。ヴァルナルから話を聞いて、真っ先に行かせてほしいと手を挙げたのもそのためだ。

 ヴァルナルは実の娘のように目をかけてきたアニヤを先陣で送り出すことに躊躇したという。必ず志を果たすと誓ってアニヤが渡ってきた牢獄世界クルディカの状況はしかし、当初聞いていたのとはまるで違っていた。同時に渡った神子たちとまるで連絡が取れない。両世界の時間の流れは一致しないため、同じ先陣でも早い者は牢獄世界クルディカ時間で数ヵ月前に到着し活動しているはずだったのに。

 やはり世界鏡の番人リステリアは、呪いに病み壊れているのだ。アニヤと一緒に降りた神子たちの多くが記憶を失っている。あの神社で見たように。これは世界鏡の番人リステリアのしたことだろうとアニヤは考えている。

 では、アニヤは何故、記憶も魔法も、目玉も失わずに無事なのか。





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