第5話 少年の理由 2

 「セイレーン」は、体力的に勝るジーラント人を暗示支配出来る者のこと。

 古代エアデーン人が、ジーラント人に遺伝的に組み込んだ「暗示支配プログラム」を制御コントロールすることから、セイレーンは別名「星の制御者」とも呼ばれる。

 

 そして、成人を迎えた次代のセイレーンの中から、一人だけ選ばれるのが「ハイラーレーン」である。

 

 「ハイラーレーン」は、ジーラント人だけでなく、同族のエアデーン人をも暗示支配出来る者のこと。

 ハイラーレーンのみが持つ「神の指先」で、「星の塔」の魔力を遠隔操作し、エアデーン人の脳機能に、直接接続アクセスして支配することから、ハイラーレーンは別名「星の支配者」と呼ばれる。

 

 ……そしてエアデーン王国では、国王は常に「ハイラーレーン」であった。

 

 

 エアデーン王国の王位継承順位は、神々によって遺伝的に与えられた「祝福レーン」の力の順で決まり、それは聖名と儀礼称号で示される。


 当時、王位継承第一位「ヴァイフォード公爵」は、アレクシスを助けた伯母、ハイラーレーン・エレオノーラ王女だった。

 エレオノーラの兄、セイレーン・オリヴァール王子は、当時王位継承第二位「トリフィード公爵」であった。


 だが、将来の女王となるハイラーレーン・エレオノーラは、セイレーン時代から祝福の力は強かったが、政治に関心がなく、議会にも一度も出席したことがない。そして、その夫の王女配、フォーデンハイム公爵との間に子はいなかった。

 

 エレオノーラは、幼女のような心を持つ王女だった。

 エレオノーラは、精神的に未熟なセイレーンがハイラーレーンになってしまうとそうなるという、いわゆる「狂ったハイラーレーン」だった。

 

 それに対し、オリヴァールは王族のカリスマを持ち、議会での発言力も高く評価され、人望もある。

 さらに、オリヴァールの息子クローディスの聖名は「レーン」だが、娘マグノリアは「セイレーン」の聖名を持っており、成人後に次代のハイラーレーンになれるのは、彼女しかいなかった。

 

 王国議会では、エレオノーラより、オリヴァールを次期国王に推す声が大きくなっており、王位継承順位に関する王室典範の改定に向けて、議論が深められていた。


 そこへ、ジーラント人の血が混じり、継承争いの対象外だった甥のアレクシスが「セイレーン」として登場したのである。

 

 ──もし、娘のマグノリアではなく、甥のアレクシスが「星の支配者:ハイラーレーン」に選ばれてしまったら? 

 

 オリヴァールを推す一派にとって、ジーラント人の血を引くアレクシスを国王に据えることは容認出来ず、王統をオリヴァールの子へと繋ぐために、王室典範の改定の早期成立が、議会で求められることになった。

 

 

***

 

 

 エレオノーラは、兄のオリヴァールは嫌いだが、弟のエドウィンや甥のアレクシスのことは好きだった。

 アレクシスが塔に引きこもり、家に戻らないことを嘆く弟と、自分と同じように神々の知識の吸収を楽しんでいる甥を、同時に喜ばせようと考えた。

 

 エレオノーラはアレクシスに薬を飲ませ眠らせた。そして眠れる甥のその手に、ハイラーレーンの後継者に施す儀式を執り行った。

 

 ハイラーレーンが持つ「神の指先」は、その特殊な動きで、塔の「神の石」に触れずとも、離れていても、その知識に繋がり、触れることが出来る。

 エレオノーラは、自身も持つそんな「便利な道具」を、アレクシスにプレゼントしたかっただけだった。

 

 かくして、目が覚めたアレクシスは、十四才という未成年でありながら、「ハイラーレーン」の力と、「神の指先」を手にしていた。

 

 

 この極秘の儀式は、ハイラーレーン・アンドリュー国王の知ることとなる。

 

 その頃には、すでに王室典範は改定されていて、オリヴァールは正式に王太子を名乗り、病に倒れた父王に代わり政務を精力的にこなしていた。

 ようやく落ち着いた王国の後継問題と政治情勢が、ジーラント人の血が流れ、しかも十四才で未成年のハイラーレーンの登場により、また荒れてしまうことになる。

 

 余命幾ばくもない国王には、ハイラーレーンとなってしまった孫アレクシスを守る力は残されていなかった。国王アンドリューは、この事実がオリヴァール王子一派に知られる前に、エドウィンにアレクシスを国外退去させるよう命じた。

 国外に出れば、「星の塔」にある「神の石」を用いても、その存在を探すことはできない。

 

 ……今は雌伏の時。アレクシスを正しき時に王国に戻し、正統な次代のハイラーレーンとして、即位させよと。

 

 

 エドウィンは亡命先に、元妻ミランダのいるジーラント帝国ではなく、親友ロナルドのいるタルール・シェグファ藩国を選んだ。

 

 かくして、アレクシスは表向きは「行方不明」となり、タルール・シェグファ藩国のジンシャーン外国人居住区へ連れてこられたのだった。

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