第4話 少年の理由 1
子ども二人の足音が遠ざかる。
エドウィンは王国から持ち込んだ琥珀色の酒の入ったグラスを持ち上げ、軽く揺らす。中の氷がカランと落ちる様を眺め、観念したように目を伏せる。
ロナルドは彼との長い付き合いで、この親友の急な沈黙がどういう状態か分かっているので、友人が話しかけてくるのをただじっと待つ。
「……すまない」
エドウィンはため息とともに謝罪の言葉を口にする。
「……終わったか」
「ああ。ここにコレがあるからな。これぐらいの範囲なら、こちらの会話を聞いたままリゼの相手もできるんだそうだ」
そう言いながら、エドウィンは自身の指輪を見せる。ロナルドはよくは知らないが、王族のみが持つ特殊な指輪なのだろう。
「ロナルドに事情を知ってもらう分には構わないが、リゼットには知られたくない。まぁ、巻き込む必要もないだろうってな」
エドウィンはそう言うと、グラスをあおる。
「アレクシスを連れてきて、置いて帰る理由はなんなんだ。社会勉強なんて、うちのかわいいリゼぐらいだろ、そんな嘘を信じるのは」
ロナルドは、真実を友が語るのを辛抱強く待った。エドウィンは、テーブルに片肘をつき、額を押さえる。
「アレクシスが母親を殺しかけたのは話したよな?」
「……ああ」
***
アレクシスの母のミランダは、ジーラント帝国皇女であった。エドウィンとの結婚前には「皇女将軍」という異名を持ち、肉体的に強いとされるジーラント人の中でも強いとされていた。
二年前、ジンシャーン居住区の建築設計や、大使公邸の改修でエドウィンが長期不在の折、その悲劇は起きた。
母子で剣の稽古をしていた当時十二才のアレクシスが、その強い母親に勝とうとするあまりに、新たな祝福を発動させた。とにかく自分の打撃を受け流されまいと、母のその素早い動きを止めようとして、母の生命活動を、呼吸を止めてしまったのだ。
幸い、大事に至る前にアレクシスが正気に返り、最悪の事態は防げたが、それ以来、ミランダはアレクシスを拒絶するようになった。屋敷の者はみな、ミランダの怒りを買うのを恐れてアレクシスと距離を置き、父親不在の中、アレクシスの孤独は深まっていった。
たまたまこの状況を知ったのが、神殿に住むエドウィンの姉、エレオノーラ王女だった。エレオノーラは、罰として満足に食事も与えられず、痩せ細り、餓死寸前だったアレクシスを神殿に引き取った。
神殿には神代の古代遺物を維持管理出来る能力の者が集結しており、アレクシスの身体を古代技術で回復させた。
当時タルールにいたエドウィンは、事件を手紙で知らされた。急ぎ王国に戻ってみると、妻ミランダは離婚届を残して帝国に帰ってしまっていた。
エドウィンは未熟な力の発動を許さず、食事を与えない罰を加えたミランダを許すことができず、その届にサインをし、二人の離婚は正式に成立した。
……政略結婚だったが、
エドウィンはタルールでの仕事に戻らねばならなかったので、アレクシスはそのまま神殿に預けられることとなった。
アレクシスが祝福を制御し、心身共に落ち着きを取り戻した頃、エレオノーラは神殿内にある「星の塔」にアレクシスを連れていった。
塔には「神の石」と呼ばれる、神々の知識の結晶端末ともされる聖遺物が安置されていた。アレクシスは、「神の石」に秘められた知識の吸収に深くのめり込み、「星の塔」に引きこもるようになっていく……。
それから一年後、タルールでの仕事を終えたエドウィンが、アレクシスを神殿に迎えに行ったが、息子は「星の塔」から出ようとしなかった。
***
アレクシスは、エアデーン人なら誰もが出生後半年以内に詣でる神殿において、「神の祝福者:レーン」の聖名を与えられていた。
アレクシス・レーン・セントレナード
それが彼に与えられた正式な名前だった。
エドウィンは、半分ジーラント人の血を引く息子には、
この聖名「レーン」は、エアデーン貴族の殆どの者が持っており、遺伝的に古代エアデーン人の拡張脳機能を持つことを意味する。
力の強さにより、現れる能力や種類にも差があるが、距離の短い思念通話が出来たり、古代遺物の知識を見ただけで理解したり、記憶したり出来る知能を有する。
だが、母殺害未遂事件で新たな能力「ジーラント人への暗示支配」が目覚め、完全に制御出来るようになると、アレクシスの能力判定は訂正された。
レーンより格上の聖名、「セイレーン」が贈られ、
アレクシス・セイレーン・セントレナード
となった。
だが、新たなセイレーンの誕生は、同じくセイレーンであるアレクシスの伯父、オリヴァール王子と、彼を支持する一派に、脅威を与えることとなった。
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