第3話 歓迎会
その日の晩餐は、いつもより少しだけ豪華だった。
タルール人は、ダァーミィと呼ばれる、タルールの森で採れる果物を炊いたものを主食とする。そのダァーミィと、大皿から好きなだけ取り分けたおかずを交互に食べるのが、タルール風の食事だ。
だが、そこは王国風に、おかずは最初から取り分けて、各人の前の皿におかれている。
エドウィンのことを慕うタルール人の使用人も多く、今日のおかずのうちの何品かはエドウィンの好物だったりするのだろう。
もちろんリゼットの前の皿は、量がそれぞれ少な目なので、食べきれる量にはなっているし、タルール人の作るおかずは辛いものが多いので、辛いものが苦手なリゼットの皿には載っていないものもある。
リゼットにとってはもう慣れたこの食事スタイルも、アレクシスにとっては、おそらく初めてのものだろう。リゼットはこの食事にアレクシスが戸惑っていないか気になったが、彼の表情からは何も窺い知ることは出来ず、ささやかな歓迎の晩餐が始まった。
エドウィンたち親子は、アレクシスの社会勉強のためにタルールにやって来たそうで、エドウィンは一週間後にやってくる船で帰国するが、アレクシスはそのまま残るらしい。
「アレクシスはジーラント帝国人の血と、エアデーン王族の血の良いとこ取りなタイプでね。運動も出来るし、タルール人と思念通話も出来るし、古代遺物も操れる。タルールでもロナルドの役に立つと思うよ。まぁ、ちょっと変わってるけど、リゼも仲良くしてやってよ」
エドウィンがリゼットにそう説明した。ロナルドが、
「アレクシスのお母上は、ジーラント帝国皇帝の妹姫、ミランダ様だからね」
と付け加えた。
──つまり、アレクシス様は体力もあって、運動神経もいいし、拡張脳機能もあって、
──社会勉強っておっしゃったけど、アレクシス様はタルールに来たかったのかな……。
これからエドおじ様と離れて暮らすのに、寂しくないのかな……。
リゼットの疑問をよそに、大人たちの会話はお酒も入り、盛り上がっている。
リゼットの知らない人、リゼットの知らない地名、リゼットの知らない難しい言葉……。そういう大人の会話は、黙って聞いておくに限る。
アレクシスも黙って食事を続けている。
だが、アレクシスのことが気になるリゼットは、とうとうその沈黙に耐えきれなくなった。
そして、アレクシスが今まさに口に運んだおかずを見て尋ねた。
「そのお肉と野菜の炒め物、ラージャっていう辛いのが入ってるけど、辛いの、食べられるの?」
アレクシスはコクリと頷いた。
リゼットは、(食べられるから、食べているんだろう)と、聞いてから少し恥ずかしく思った。それを誤魔化すように、
「すごいのね。私はダメ。大人になったら食べられるってお父様は言うけど、大人になっても食べられる気がしないの」
と言うと、アレクシスはフッと笑った。
馬鹿にされたのかもしれないけど、リゼットはなんだか嬉しくなった。それからは、大人同士の会話は聞かずに、リゼットは一生懸命話をした。
……タルール人が、かわいくてやさしいこと。
……犬のバロンが本当は賢いこと。
……ジンシャーンは夏は暑くて外には出られないけど、冬は雪が降らずに過ごしやすいこと。
……水は一旦沸かしたものを飲まないとお腹を壊すこと(そして食事中には言えないような、ひどい目に遭ったこと)。
……ジーラント帝国人の子弟のための学校に、王国人だけど通っているので、帝国人の友達がいること……。
リゼットが一方的に話しているだけだったが、彼女にとっては黙って食べるよりは、楽しい食事となった。
話を聞いているだけのアレクシスは、とっくに食べ終わっていた。痩せているのにかなり食べるようで、ダーミィをお代わりしていた。
少食なリゼットも、何とか残さず食べきると、のんびりお酒を飲んでる大人たちに、部屋に行くと告げた。
バロンもとっくに自分の食事を終え、先程から部屋の隅で、リゼットの食事が終わるのを寝て待っていた。彼女が立ち上がる気配を感じて、伸びを始める。
「アレクシス様、バロンの芸を見せてあげる。行きましょ」
アレクシスは素直にナプキンを置き、立ち上がると、父親に目配せをした。
「ハイハイ、了解。仲良くな」
そういうと、エドウィンは手をヒラヒラさせる。
リゼットは、エドおじ様は何を了解したんだろう? と一瞬思ったが、それも一瞬。
「お父様、お酒、飲み過ぎないようにね! エドおじ様も、お父様がほどほどにするよう、見張っておいてね!」
と言い残し、二人の子どもと犬は、食事室を後にした。
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