第2話 出会い

「リゼ! ただいま~」


 リゼットの戸惑いも意に介さず、ロナルドは娘にかけより、リゼットの腰に抱きつく。その拍子にフードが肩に落ちた。

 リゼットの体は持ち上げられ、もう足は地面についていない。せめて頬ずりだけは逃れようと、リゼットは身をよじる。ザラザラの髭攻撃は勘弁願いたいのだ。

 

 と、断熱マントのフードを外して、固まった金髪をかき混ぜてほぐした少年と目が合った。


 少年は、翡翠色の瞳でジッとこちらを、リゼットを見ていた。

 それは時間にして一瞬だったかもしれない。

 だがリゼットには、時が止まったように、周囲の音が一瞬消えたかのように感じた。

 続いて、心の中まで見透かされているような緊張感と、居心地の悪さに我に返り、慌てて目をそらす。

 父を叩いて、放してもらうと、父から距離を取った。


 ──今のは何だったんだろう。

 

 まだちょっとドキドキする心臓を手で押さえながら少年を見ると、少年からはもう先程のような雰囲気を感じず、足元にまとわりつき、匂いを嗅ごうとする犬をあしらっていた。


 続いて、背の高い紳士が、フードを外し、


「やあ、リゼット! 大きくなったなぁ」


と、両手を広げる。


「エドおじ様!」


 エドおじ様こと、エドウィン・レーン・セントレナード殿下は、父の学生時代の親友だそうで、エアデーン王国第二王子であり、公爵である。

 父ロナルドのタルール赴任の上司とも言える存在で、常夏のタルールでも快適に過ごせるように、古代遺物を改装した魔電気の使えるドームを用意してくれた。


 深い鼻梁に、優しい青い目、笑顔が素敵で、ハンサムで、その上、古代遺物を操る王族の祝福使い。一緒に過ごしたのはわずかな期間だが、エドウィンはリゼットをとても可愛がってくれた。

 最後のお別れに、犬のバロンを手配し贈ってくれ、バロンを乗せてきた船で帰っていった。

 

 エドウィンが、がさつな父親に代わって、自分のために細かく心を砕いてくれているのが幼いリゼットにも分かったし、優しくてかっこいいエドおじ様はリゼットのアイドルだ。

 

 リゼットは、エドウィンの胸には自ら飛び込んだ。エドウィンはリゼットをぎゅっと抱き寄せたあと、その顔をよく見るためにリゼットの肩に手を置き、距離を取る。


「一年会わないうちに、お母様に似て、また美人さんになってきたね。ああ、紹介しよう、息子のアレクシスだ」


 そういえばエドおじ様には、リゼットより二つ年上の子どもがいると聞いたことがあった。おじ様と親しげに呼んでいるが、エドウィンは王の子「王子」であり、その息子もまた、王国では「王子」と呼ばれる立場だ。

 

 エドウィンに会えて、はしゃいだ心を落ち着かせ、リゼットは貴族の子女らしく、相手の目を見て膝を折って挨拶をする。


「初めまして、リゼット・グレーンフィーンです。ようこそタルールへ」


 短めの明るい金髪に、エドウィンを若くしたような、整った顔立ち。

 エドウィンと違うのは、少し垂れた優しい目ではなく、こちらを睨んでいるような、鋭い翡翠色の眼光。

 

 ──人見知りで緊張しているのかしら?

 

 とりあえずニッコリ笑ってみせた。少年は鋭い一瞥をリゼットに向けると、ツイと目をそらした。


「まあまあ、立ち話もなんだ、部屋に案内させよう」


 と、ロナルドはアレクシスの態度をとがめることなく、屋敷の奥へと案内すべく二人を促した。荷物を運ばせるため、使用人のタルール人を呼び出す。

 ロナルドとその客人が、リゼットの前を通りすぎていく。


〈よろしく〉


 すれ違いざま、アレクシスは声に出さず、ぶっきらぼうにリゼットに伝えた。

 まるでスーがリゼットの心に伝えるように、直接リゼットに伝えてきたのだ。

 

 ──祝福レーンを使った思念通話だ。

 

 驚きのあまり、振り返ったが、通りすぎていく背中はこれ以上の説明を拒否していた。

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