第40話 決勝戦

 ジンシャーンにペールチームは八つある。

 中等部のジュニアチームから、農作業の息抜きの為に作られた寄り合いチームまで、実力も年齢もばらばらだ。

 

 そのペールチームの頂点を決める大会が、七月から開催されてきたジンシャーンリーグだ。総当たり戦で毎週末開催され、上位四チームに絞られた後は勝ち抜き戦となる。

 そして長い夏の終わり、九月最後の週に決勝戦を迎える。

 

 チーム・ヴィクトルは平均年齢十七才。中等部チームに次いで二番目に若いチームだ。

 経験不足をヴィクトルのリーダーシップ、アレクシスの分析力、あとはチームワークと体力で補いながら力をつけ、決勝までコマを進めてきた。

 

 決勝戦の相手は、帝国のプロリーグで活躍した選手二人を擁するチーム・アントン。アレクシスが初めて参加した秋祭りの親睦試合で、反則行為をしてアレクシスにケガをさせた相手も所属している。

 

 謂わば、チーム・ヴィクトルにとっては因縁の相手だ。チーム・アントンはここまで無敗のまま、決勝にたどり着いた。

 

 

 ***

 

 

 審判がボールを手に持ち、頭上高く放り投げる。それがペールの試合開始の合図だ。

 各チーム背の高い二人が、最初のボールを手にしようと審判の前に待ち構える。最初のボールはチーム・アントンが取った。

 

 次々とパスを繋げ、ゴールに近づいてきたが、誰も受け取れず転がったところで、ボールはチーム・ヴィクトルに移る。それを取り返そうとして揉み合い、笛が鳴る。

 審判の指示でボールはチーム・アントンに戻った。

 

 その判定はおかしいと抗議する間もなく、試合は続行。

 チーム・アントンの選手は、キックで少しボールを戻すと、バウンドとキックを繰り返すソロプレイでゴールに再び近づく。一人がボールを持って動ける歩数は最大八歩まで。九歩目でパスかキックをして、ボールを手放す必要がある。

 

 チーム・アントンは、そのパスに対し、動く者が複数いることにアレクシスは気付いた。

 それがフェイントで、こちらの動きを引き付けるものならば、巧妙で気を付けなければならないが、そうではなく、「俺が俺が」が勝ちすぎている感じだ。それぞれがテクニックを持ち、プライドの高いメンバーにありがちな我の強さ。

 そうして乱れた相手の隙を付き、チーム・ヴィクトルにボールが移る。

 

 中等部から暑いジンシャーンで鍛えた体力自慢のチームは、次々とソロプレイとパスで陣地を取り戻し、ゴール目前まで来たとき、審判の笛が鳴った。

 チーム・ヴィクトルのボールを持っていない選手が、相手選手の腕を押したと言うのだ。

 誰もそのプレイを見ておらず、「押してない」という抗議も空しく、ボールはチーム・アントンに移り、折角近づいた先制点のチャンスを失った。

 

 それ以降も、そのようなチーム・ヴィクトルに不利な判定が、何度も何度も繰り返された。

 

 

『なぁ、あの審判、おかしくないか?』

 

 その思いはチーム・ヴィクトルのメンバーに限らず、観客にも広がっていく。


 試合はチーム・アントンに先制された後、点差が徐々に開いていった。

 チーム・ヴィクトルがボールを持ち優勢になると、していない反則の笛がなり、チーム・アントンがショルダー・タックルを装って顔を叩いたりしてきても、反則の笛が鳴らない。

 

 

 ヴィクトルは審判の男が、駐タルール総督ミハイルの護衛を勤めている男だと気付いた。審判はミハイルに買収されているに違いない。

 

 ……今一緒に戦っているメンバーは、十二の年からジンシャーンで共に過ごしてきた仲間。そのメンバーと一緒にプレイ出来るのは、今日が最後。

 その大事な試合をこんな不公正な審判のせいで汚されるのは、我慢がならなかった。正々堂々と戦って負けるのなら、残念だが仕方がない。だがこれでは納得がいかない!

 

 観客からは、審判のジャッジに対して、ブーイングが上がるようになっていた。

 ヴィクトルはもう我慢の限界だった。ヴィクトルは前半を半分過ぎたところでアレクシスに近づいた。

 

『審判はミハイルの部下だ。公正な審判をするよう、してくれ』

 

 そう小声で呟いて、走り去った。

 アレクシスは驚き、ヴィクトルの後ろ姿を見送った。そしてヴィクトルからの依頼内容を正しく理解すると、目を閉じた。

 

 急に立ち止まったアレクシスを審判が気にして、アレクシスを見たその一瞬、アレクシスは審判と目を合わせ、

 

《公正な審判をしろ!》

 

 と短く鋭い暗示をかけた。

 

 審判は、一瞬息が詰まったような表情を浮かべると、何事もなかったかのように仕事に戻った。それからは、もう、チーム・ヴィクトルが優勢になっても、していない反則を告げる笛は鳴らなくなった。

 

 そうしてようやくチーム・ヴィクトルに最初の一点が入る。

 

『さぁ、今から挽回するぞ!』

 

 ヴィクトルは叫んだ。チーム・ヴィクトルの士気が上がる。


 

 そこからチーム・ヴィクトルの怒濤の反撃が始まった。

 ゴールを狙うかに見せかけて戻したり、不規則なパスを出して、相手を翻弄した。そこから狙うかと思うような遠い位置から、ゴールバーの上を通過させるキックで一点を取りに行く。

 かと思えば、パスを繋いで着実にネットを揺らす三点のゴールを決めた。

 

 後半も同じ勢いで攻め続けるチーム・ヴィクトルに対して、チーム・アントンは、個々の力で陣地を取り戻そうと、ソロプレイを多用し始める。

 

 さすがは実力派ぞろいのチーム・アントン。やられっぱなしではいなかった。

 しかし、ソロプレイは大きく陣地を取り戻すプレイだが、いずれパスを出さねばならないルールだ。パスに対するチーム・ヴィクトルの相手選手へのマークは固く、試合は一進一退を繰り返す。

 

 チーム・ヴィクトルの仲間全員が、このどちらが勝つかまだ分からない試合を楽しんでいた。

 残り時間はあと十分。あと十分でこの楽しい時間が終わってしまう!

 

 これが最後の試合と分かっているヴィクトルとアレクシスは、万感の思いで最後の十分、全力を出し尽くそうとしていた。

 

 中等部時代、亜熱帯のタルールでペールをして毎日鍛えてきたチーム・ヴィクトルと、寒冷な帝国でのプレイ時間の方が長いチーム・アントンでは、体力に差が出て来ていた。

 

 チーム・アントンの動きに鈍りが出てきたところで、ついに逆転した。さらに連続パスからのシュートによる追加点でダメ押ししたところで、試合終了の笛が鳴った。

 

 チーム・ヴィクトルは勝った!

 

 運動場は大歓声に包まれた。皆、ヴィクトルの回りに集まり、抱き合って勝利を喜んだ。

 観客も大興奮で、抱き合い、鳴り物をならし、あるいは拍手で、選手の健闘を讃えた。

 リゼットは泣き、ロナルドもそれを見てもらい泣きした。


  

 だが、本番はこれからだ。

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