第39話 婚約指輪
夕方、アレクシスの研究所に、スーが食材を持って現れた。
いつものように思念で鼻歌を歌いながらの料理が始まる。それにしても今日はご機嫌なので、
〈何か良いことあったのか?〉
と聞いた。
〈まぁ! よくぞきいてくださいましたわ! わたくし、ヤオバからコレをもらいましたの! つまりわたくし、シンコンなのですわ!〉
と伝え、クルっとその場で一回転すると、首にかけた赤い紐を引っ張り、服の中から、紐を通す穴の空いた、平たい丸い石を取り出した。
ツヤツヤと磨かれた、薄く緑がかった乳白色の石だ。
〈石をもらって身に着けると結婚したことになるのか?〉
〈タルール人はそうですわ。アレクシスさまもおじょうさまに、なにかさしあげてくださいな。だいぶまえですけど、おじょうさまは『コンニャクユビワももらってないのに、コンニャクした』といっておられましたわ。コンニャクユビワってナンですの?〉
〈婚約指輪か……〉
アレクシスだって婚約指輪を渡したい。だが、タルールでどうやって手に入るのか?
〈アレクシスさまもカワへいけばよいのですわ。ヤオバもコレをモリのカワでみつけたのですわ。イシをさがすのはオトコのシゴトですわ。ヒモをとおすアナをあけたり、ユビワにしたりするショクニンには、スーがたのんであげます!〉
スーは乗り気だ。
アレクシスもタルール撤退で、リゼットと離れる未来が現実に見えてきた今、リゼットの周囲の男を牽制する指輪を、リゼットの指に嵌めておきたかった。
アレクシスは、スーにリゼットの左薬指に嵌まる指輪を贈りたいから、リゼットに内緒でサイズを測っておくように頼んだ。
左薬指がどの指か分からないと言うから、アレクシスは絵に描いて説明した。
後日、スーはその絵をンケイラに見せた。
ンケイラは、跳ね回って喜んだ。
スーは、自分より年若いンケイラに、お嬢様には内緒で出来るか尋ねたが、ンケイラははしゃぎすぎて聞いていなかったし、おまけにアレクシスの描いた絵も無くしてしまった。
仕方なくンケイラは、
〈おじょうさま! わたくしさいきん、エアデーン人じょしのカラダのおおきさがスゴ~くきになるんです!〉
と唐突に切り出した。鈍いリゼットは
「あらそうなの? 胸のサイズは参考にならないから、それ以外でね」
と言いながら、大人しく立っていてくれた。文字を書けないンケイラの代わりにメモまで取ってくれた。
足の大きさから、腕の太さ、肩幅や、耳の大きさとか。ンケイラは誤魔化すために、思い付くまま色々なところを測らせてもらった。もちろん、十本の指の太さも、ついでを装って全て測った。
ンケイラはそのメモをスーに渡し、スーも文字が読めないから、アレクシスにそのまま渡した。
アレクシスはリゼットが体のあちこちを黙って計測し、メモまで書いてやっている様子を想像して、自然と顔がほころんだ。
どうでもいいほくろの大きさとか測らせているくせに、胸の大きさだけはしっかり測らせていないところも面白かった。
肝心な左薬指の大きさも、きちんと測られていた。
誤魔化すためにンケイラは頑張った、ということなのだろう。お礼の伝言を頼んでおいた。
翌日、アレクシスは
タルール人は皆、このシキニェムのことを知っていた。
アレクシスは、古代エアデーン人を悩ませた木が、まだタルールにあることに驚いた。
タルール人にとっても、シキニェムの花粉は厄介らしい。
視界不良になるほど大量に飛ぶらしく、当時子どもだったヤオバは花粉飛散の時期、三ヶ月ほど外に出ることを禁じられたことを覚えていた。二十年に一度というから、ヤオバの年齢からしてそろそろなのではと思っていた。
予想通り、シキニェムの葉先には、まだ小さな雄花の蕾が大量についていた。他のシキニェムも同様で、これは来年春先に花粉の大量放出があると確信した。
アレクシスはシキニェムの分布状況を確認した帰り、ヤオバに聞いた川に寄ってみた。
ヤオバがスーに渡したような大きな石ではなく、指輪にするような小さな石を見つけたいと言うと、ふるいと、底の浅い皿を持たせてくれた。
ふるいで川底を
気の遠くなるような作業の繰り返しを想像していたが、いくらも皿を回さないうちに、透き通った明るい緑色の石がキラリと光ったのを見つけ、拾い上げた。
これがただのガラス玉なのか、宝石なのかどうかは分からない。
だが、鮮やかな深い緑色に光っているし、綺麗と言える石だから問題ないだろう。大きさも、大きすぎず小さすぎない。
それに、緑はリゼットの好きなタルールを象徴する「森の色」だ。
……アレクシスの瞳の色でもある。
アレクシスはこの石が、自分に捕まえてもらう為に、手元にやって来たような気さえしてきた。
予想していたよりだいぶ簡単に石が見つかったので、もう少しシキニェムのことを調べてから帰った。
後日、拾ってきた緑色の石と、リゼットのメモにある左薬指と同じ長さのヒモをスーに渡した。
スーも綺麗な石だと喜んでいた。早速タルールの職人に指輪にするよう依頼すると張り切って出掛けて行った。
予定より早く王国から拡声器が届き、決勝戦前日には研究所にある発魔電設備を持ってきて、拡声器を運動場に設置した。
説明に使う大きく図解した資料も用意した。
だが、明日のスピーチ練習もそこそこに、二人はペールの練習を始めた。
──やはり、優勝後のスピーチとすることの方が重要だと思ったからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます