第13話 ペールチームへの誘い

 昼食時間。教室には、いろんなにおいが混ざり合う。

 基本的に帝国人たちのランチはパンとフルーツ、たまに燻製肉。だが、そういったランチはまだましな方で、メインディッシュがお菓子なのか? と思う女子もいる。王国人に比べ、大きな体になる帝国人の成長期の子どもなのに、そんなランチでいいのかと心配になる。

 

 かと思えば、タルール人に作らせたランチを食べている帝国人もいる。

 タルール人の作るランチは、大きな蓋付きのどんぶりの底に、ダーミィをギュウギュウ詰めて、上に色んなおかずを、どんどんぐちゃまぜに詰め込むスタイルだ。

 リゼットの嫌いなラージャ入りの辛いおかずには、臭いがきついものもあり、リゼットは教室に漂うその臭いを嗅ぐだけで吐きそうになる。

 

 なので、リゼットはランチだけは、自分で用意していた。とはいえ、タルール人の主食のダーミィと、タルール人のコックが昨晩作りおきしてくれたおかず(辛くないもの、臭いの少ないもの)を、混ざらないように別々のランチボックスに詰めて持っていくだけだ。アレクシスにも、ちょっと大きめのランチボックスに詰めて、用意してあげた。


 家も同じで、席も隣。食べているものも同じ。急にその事を意識したリゼットは、恥ずかしくなったが、彼は何にも思っていないようだった。

 リゼットは誘いに来てくれた女子たちと食べ、アレクシスは「神の石」をいじりながら一人で食べていた。

 

 

 午後の授業を終え、帰る準備をしていると、体格のよいジーラント人の生徒が再びアレクシスに話しかけてきた。

 

『アレクシス、こないだ公園で俺のドリブルをカットしたヤツだよな。俺はヴィクトル、ヴィクトル・オレーゴヴィだ。なぁ、本格的にペールやってみないか?』

 

 ペールチームへのお誘いだ。

 

『やらない』

 

 アレクシスは即答した。

 

『じゃあリゼット、お前はどうだ? ちょっとは出来るようになりたいだろ?』

『わ、わたし?』


 リゼットは、急に自分の方に話が振られたので、ドキッとしてしまった。

 ヴィクトルは、リゼットより二つ上の、中等部ペールチームのキャプテンをしているリーダー格の少年だ。そんな人気者の彼が、自分の名前を覚えてくれていたことに驚いたし、嬉しかった。

 

 だが、アレクシスが慌てて否定した。

 

『リゼットはダメだ! こないだも何の役にも立ってないのに、勝手にバテて、熱出して倒れた。リゼットには無理だ!』

 

 ……カチンと来た。

 

『わたし、やりたい。もっとペール、できるようになりたい!』

『おお、そうか! じゃ決まりだな。運動服に着替えて、運動場に来いよ。じゃまた後で!』

 

 ヴィクトルはサッと手を振ると、爽やかな笑顔を残して男子更衣室に去っていった。

 周囲の女子が色めき立ち、リゼットに『良かったね』と言ってくれる。

 

〈リゼット! お前、なに考えてるんだ!〉

 

 アレクシスに「お前」と初めて言われた。口調が荒くなっている。

 

「私のこと、役立たずって言った! 私だってペール上手くなりたいもん!」

〈お前はダメだ! 向いてない。すぐに熱出すくせに、出来るわけないだろ!〉


 と、アレクシスが怖い顔で凄んできた。負けるもんか!

 

「無理かどうかは、やってみなきゃ分からないじゃない!」

『王国語で何言ってるかわからないが……』

 

 と横から、親友のオリガがリゼットの肩に手をおいた。

 

『リゼットの体が弱いのは、未だにタルールの暑さに慣れていないせいだ。せっかくリゼットがヤル気なんだ。自分がやらないからって、リゼットにやめるよう強要するのはどうかと思うぞ』

『オリガ、ありがとう!』

 

 リゼットはオリガに抱きつき、オリガはアレクシスに意味深に笑ってみせた。

 リゼットと同い年のオリガは帝国人女子の中でも背が高く、髪も短い。だからアレクシスには、男がリゼットを抱いているような幻覚が見えた。

  

 リゼットは、オリガやペールチームに入っている女子たちに、女子更衣室に連れられていった。

 

 

 ***

 

 

「○○っ!」

 

 アレクシスは王国語で悪態をついた。リゼットを見ているとなぜかイライラする。

 

 ──なんでリゼットには「暗示支配」が効かないんだ!

 

 朝に教室にかけた「暗示支配」は弱めにしておいたせいか、支配が切れるジーラント人もいることが分かった。

 

 ──またあいつが倒れたら、クソ暑いのにおんぶして持って帰らなきゃいけない。こないだもあんなに苦しんでいたくせに!

 

 結局、アレクシスは着替えて運動場に現れた。

 

 ──リゼットをおんぶして持って帰るのは、自分の仕事だからだ。

 

 アレクシスはそう自分に言い聞かせた。

 

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