第二章
第12話 初登校
エドウィン帰国後、アレクシスはロナルドに仕事を手伝いたいと再度願い出た。ハイラーレーンとなった自分は、ジーラント人の子どもの通う学校なんかで、学ぶものは何もないのだと訴えた。
だが、ロナルドはアレクシスに学校に行くよう命じた。
……学校には「ペール」のクラブチームがあるから、本格的に始めたらいい。君もジーラント人の友達をたくさん作って、子どもらしく過ごしていいんだ。リゼットはこれでも王国人なので、この秋学期から飛び級で中等部なんだよ。大きな帝国人に囲まれて、いじめられないか心配だから見守ってほしい。勉強時間は、自分の好きなことをしていても
そんなわけで、アレクシスは、リゼットと一緒にジンシャーン居住区の
携帯できる「神の石」を持っていってもいい、というのが折れた条件だった。
「神の石」は自分以外の誰が触っても反応しないし、ただの半透明の石にしか見えない。万が一盗まれても、魔充電が残っていれば、場所を特定出来る。
そうして二人は揃ってジンシャーン帝国人学校中等部へ登校した。
***
リゼットは、緊張していた。
一年前、初めて学校に行った時のことを思い出した。リゼット以外は全員帝国人。教師がカタコトの王国語を話せるだけ。全く言葉が通じなくて、最初は泣いてばかりだった。
だが、そんなリゼットに帝国人のクラスメイトは皆優しくしてくれ、ジェスチャーで色々と教えてくれた。リゼットも誘われて一緒に遊ぶうちに、何となく意味を理解し、家では王国から取り寄せたテキストを使って、ロナルドに教わりながら一生懸命、帝国語を勉強した。
努力の甲斐あって、帝国語の聞き取りはほぼ出来るようになっていた。授業の内容は王国で一度習っていたことだったから理解も早く、飛び級までさせてもらえて、新学期から中等部へ進学することになった。
中等部では、十三才から十五才までの生徒が一つの教室に集められ、それぞれに与えられた勉強をする。分からなければ教師に質問しに行くスタイルだ。
帝国語を喋るのは、まだまだ苦手だ。さらに今日からは、声を出せないアレクシスの分まで、頑張って喋らないといけない……。
リゼットはアレクシスのために、「ヨシ!」と謎の気合いを入れてから、教室のドアを開けた。全員がこっちを見たような気がする。
『おはよ……』
というリゼットの声はかき消され、リゼットを通り過ぎ、アレクシスの回りに男子生徒たちが集まる。
『あっ! お前、こないだ公園でペールしに来てたヤツだよな!』
『リゼットの従兄のアレクシスだろ! 女子が騒いでた。リゼットをおんぶして連れて帰った王国紳士だとか言って』
『アレクシス、お前ペールチーム、入るよな?』
リゼットは慌てる。アレクシスは思念通話しか出来ない。声が出せないのだ。
『あの、みんな。アレクシスはのどがいたくて、こえが……』
『クラブには入らない』
リゼットのフォローに被せるように、アレクシスが帝国語で少年たちの誘いを断った。
「……え、アレクシス、今、帝国語喋った?」
思わず王国語で呟いてしまった。戸惑うリゼットを見て、ニヤリとするアレクシス。
〈話さないだけで、話せないとは言ってない〉
「だって、私がそう皆に紹介した時、否定しなかったじゃない!」
〈話すのは面倒だからな〉
と思念で伝え、またニヤリ。
『おい、リゼット、お前なに王国語で独り言言ってるんだ?』
と皆に不審がられ、またニヤリ。
──アレクシスは意地悪だ! もう、困ってても助けてやらないんだから!
アレクシスは悔しがるリゼットに構うことなく、一度目を閉じ、周囲を目に力を込めて見渡した。
ピンとした空気を感じて、リゼットはアレクシスを見る。
アレクシスと目が合った生徒たちは、スッと視線を外す。それは一人ではない。リゼットは、ほとんどの生徒がアレクシスを見てから、目をそらしていくのに気がついた。
「……アレクシス、ちょっと何やったの?」
アレクシスから異様な雰囲気を感じ、リゼットは彼の腕を掴んだ。
アレクシスをペールに誘いに来ていた少年たちが、スッと自分の席に戻っていく。それはもうすぐチャイムが鳴るからではないのだろう。
彼は目を一度閉じ、ゆっくり開けてから、横目でリゼットを見る。
〈内緒〉
口の端に笑みを浮かべ、自分にあてがわれた机を探し出す。もう元の、いつもの意地悪なアレクシスだ。
もう誰もアレクシスに注意を払わない。
彼が教室のみんなに、何かをした。何をしたのかは分からないが、何かしたことだけはリゼットにも分かった。
***
授業時間が始まった。それぞれ、教師が与えた課題に取り組んでいる。リゼットの場合は帝国語の課題だ。
常に誰かが教師に質問しに行ったり、友人に教えてもらったりしていて、教室はざわざわしている。やることさえやっていれば、授業中にお菓子を食べていても注意されない。チャイムが鳴ってから、休憩時間を知らせる次のチャイムが鳴るまで、生徒は自由に勉強して過ごす。
そんな中で、アレクシスには課題が与えられず、彼は家から持参した「神の石」を黙々と
リゼットには半透明の綺麗な板にしか見えない石だが、彼には何かが見えているのだろう。どうせ聞いても意地悪に「内緒」と言われるだけなので、もう突っ込むのもやめた。教師も皆も、他の人と違うことをしているアレクシスを気に留めなかった。
しばらく自分の課題に集中していたリゼットだったが、どうして自分の解答が正解例と違うのか、理解出来ない部分があった。質問の列に並んで教師に尋ねてみたが、「そういうものだ」という説明しかなかった。
席に戻る時、教室の一番後ろの席にいるアレクシスが見えた。
そういえば……と、リゼットはアレクシスの母が元帝国のお姫様だったことを思い出した。アレクシスが帝国語が出来る訳だ、と納得した。
リゼットはアレクシスの席に近づき、「神の石」を弄っていた彼に「ちょっと教えて欲しいんだけど……」話しかけてみた。
アレクシスは目を数瞬閉じてから、リゼットに向き直る。そしてリゼットの質問を根気強く聞き、その意図を掴むと、分かりやすく解説してくれた。親切モードのアレクシスだ。リゼットも王国語で質問出来るし、説明も思念通話だが王国語で聞こえるから、理解しやすかった。
周囲には、アレクシスの思念通話は聞こえないので、アレクシスが何をしているのかは分からないが、時々ペンでリゼットの課題を指し示していて、リゼットが王国語で話し、にっこり笑って(たぶんお礼を言って)席に戻っていくのだけは分かった。
そんなやり取りを見ていた教師が、アレクシスの隣の子にリゼットとの席替えを命じてくれた。これでアレクシスに質問しやすくなった。
リゼットが席を移動していると、アレクシスは明らかに嫌そうな顔をしている。いつもの意地悪モードに戻っているみたいだ。
リゼットはとりあえず謝っておいた。
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