第11話 父との別れ

 ロナルドは王国に帰れない。

 誰が決めたわけではないが、そう覚悟を決めていた。一人娘を手元に置きたい。その望みも理解できる。

 アレクシスは責めるような視線を送ってしまったことを後悔し、ロナルドに詫びた。


「君も愛する人が出来れば分かるよ」


 ロナルドはそう言いおくと、リゼットを見舞うため、静かに大使執務室を出ていった。

 

 その寂しげな背中を見つめながら、〈ところで父上〉と、アレクシスは話題を変えた。


〈四階の魔電針の下の『王族の間』になっている制御室で、『神の石』を見つけたのですが、何かご存知でしょうか?〉

「あ、ああ。あの小型の『神の石』のことか? あれ、動くのか?」

 

 エドウィンもその存在は知っていたが、ただの「レーン」である彼には何も写さない石だった。

 

〈はい。起動思念で立ち上がりました。王国の塔のものほどではないですが、色々一通りのことは出来そうです。しかも持ち運び可能な充魔電式です〉

「へぇ、そりゃすごいね。さすがハイラレーン!」


 父の嫌味な言い方が気に入らない。そう言われて押し黙るあたり、アレクシスもまだ子どもだった。


「それはそうと、今日はジーラントの子達とペールをしたんだって?」

〈はい〉

「どうだった?」

〈思ったより楽しめた……かも〉

「いいことだよ。『神の石』以外に興味持てることをここで探すといい」


 父はそういうと、ふいに息子を抱き締め、耳許で囁くように話す。


「さっき王国経由で到着した帝国人貴族が教えてくれた。父上が崩御され、兄上が正式に王位に着いた。オリヴァール・セイレーン・ジェスティード国王陛下の誕生だよ」


 アレクシスは目を見開く。いずれそうなると分かっていたが、こんなに早く……。


「ハイラーレーン・エレオノーラ姉上は、ヴァイフォード公爵位を返上し、新しく作られた聖王位に就かれる。エレオノーラ・ハイラーレーン・ジェスティー聖王陛下となられるそうだ」


 新王室典範では、国王の仕事を務と務に分け、それぞれ国王と聖王が行う、とされた。

 ジェスティードは国王、ヴァイフォードは継承権第一位の王太子に与えられる儀礼称号だ。その語尾を変えて、聖王位の儀礼称号にしたようだ。


「新王室典範では、国王位の継承順は祝福レーンの強さではなく、直系の子の男子優先だ。だから、新ヴァイフォード公爵は、兄上の嫡男のレーン・クローディスだ」

 

 そして、王位継承権第二位の新トリフィード公爵位は、これから生まれるクローディスの子が成人になるまで空位。

 オリヴァールの娘のセイレーン・マグノリアは、聖王位の継承権第一位ヴァイフォー公爵位だが、こちらも未成年なので、当面は空位。父の称号を名乗る。

 

「我が家は第三位、セントレナードのままだ。当面はね。アレクシスがハイラーレーンになったことは、エレオノーラ姉上と亡き父上しか知らない。アレクシスも未成年だし、セントレナードのままだよ」

 

 セイレーン・アレクシスの存在を無視した儀礼称号の設定だった。だが、アレクシスはそれを気にする様子もなく、

 

〈そうですか。僕はジンシャーンではアレクシス・レーン・レナードと名乗ることにしています〉

 

 エドウィンは、ため息をつきながら賛同した。

 

「ああ、それがいいよ。セイレーン・アレクシスは、ずっと塔に籠って出てこないとも、塔を出て行方不明とも言われているらしい。兄上は私がここにいることで、薄々勘づいているかも知れないが、しらを切るつもりだよ。まぁ、兄上も自分の血統ではないお前の存在は無視したいだろうからね。お前がここにいる間は、手を下す理由もないだろう……」


 アレクシスは俯き、黙って父の話を聞いている。エドウィンは、そんな息子の両肩に手を置き、励ました。


「今はここで待て。お前には半分ジーラント人の血が流れている。ジーラント人のことを良く知って、良い関係を築くことは、将来きっとお前の財産になるだろう。お前は次代のハイラーレーンだ。お前が戻ってこれるチャンスは必ず来る。それまでここで、ロナルド父娘を助けてやってほしい」

「……分かりました。父上」


 アレクシスは声に出して応えた。

 エドウィンは久しぶりに息子の声を聞いた。アレクシスは家では、母親と話す時以外、会話に声を使わない。

 その声は、エドウィンの知る男の子の声ではなく、大人の男性の声に変わっていた。


 

 ***


 

 その翌日以降も大人たちは視察を続けたが、子どもたちは雨も降っていたため、それぞれの部屋で過ごした。

 

 リゼットは体調が良くなると、クラヴィアを弾き始めた。部屋から漏れてくるその音に、わざわざタルールに運ばせただけのことはあるとアレクシスも認めた。

 リゼットのクラヴィアの音を聴きながら、アレクシスは「神の石」を弄っていたため、退屈はしなかった。

 

 そうして一週間後、エドウィンの帰国の日が来た。見送りの為、使用人や主だったジーラント帝国人も港に集まって来ていた。


 エドウィンは親友ロナルドと固く抱き合い、息子を託した。

 一年前のお別れの際は泣きじゃくってエドウィンを困らせたリゼットも、今日は涙をこらえている。

 

 エドウィンは、すこし屈んでリゼットを抱き締めた。


「アレクシスをよろしく頼むよ」


 リゼットの涙腺がついに崩壊し、彼女は頷くので精一杯だった。

 エドウィンは最後に、息子と抱き合った。


「じゃあ、元気でな」

〈父上も。お気をつけて〉


 エドウィンは見送りに集まってくれた面々に手を降り、帰国の船上の人となった。

 ロナルドは遠く小さくなっていく船を、いつまでも見送ろうとする娘の手を取り、ドームに戻った。

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