第10話 少女の理由 2

 エドウィンは学生時代の親友ロナルド・グレーンフィーンが、エアデーン王国の最南端、ヴォリアーシャ地方の外れに領地を持ち、自身の船でタルールに度々冒険旅行をしていたのを知っていた。

 

 彼の家に代々伝わる祝福は、タルール人との意思疎通という、その部分だけを見れば、それが他に出来るのはハイラーレーンのみという、特殊な能力だった。


 国王アンドリューは、タルール・シェグファ藩国を一部でも開国させて、食料調達の選択肢のひとつに出来ないか考え、エドウィンを通じて、ロナルドにジーラント人の間に入り、タルール人と交渉するよう命じた。



 タルール人贔屓びいきなロナルドは、最初反対だった。

 自然と共に暮らすタルール人は、素朴でおおらか。文字を持たず、文化レベルも低い。

 愛らしい見た目の通り、ちょっと間抜けなお人好しが多く、騙されやすい。彼らの国が、ジーラント人に蹂躙されてしまう可能性がある、と。 

 

 だが、最終的になりふり構わないジーラント人が強引な手段に出るよりかはと、交渉役を引き受けた。


 そうして、ジーラント人の希望した、亜熱帯気候にあり、神々の遺物が残されていた丘陵部を含むバオアン平原が、ジーラント帝国に租借されることとなった。


 ジンシャーン地区と名付けられた丘陵部にあった遺物は、固い魔光幕に覆われていた。王族のエドウィンが触れると、ドーム状の魔光幕は、半透明の通過性の魔光幕に変化し、古代エアデーン人が住んでいた家だと分かった。

 

 古代エアデーン人のドームの発見により、王国人でも年間を通じてタルールに滞在出来ると判断されると、アンドリュー国王は、正式にロナルドを外交官と任命し、王国の駐タルール大使として派遣した。

 

 

 ***

 

 

 グレーンフィーン家は、神々の時代からある古い一族だ。

 大昔は大勢いたらしいが、今では「星の理解者」とも呼ばれる聖名「グレーンフィーン」の祝福を持つ者は、ロナルドと娘リゼットだけだった。

 ロナルドは妻を早くに亡くしており、今回のタルール入植にあたり、一人娘のリゼットを、亡き妻の兄、レイマーフォルス子爵家に預けていた。

 

 ロナルドは危険を承知で、娘リゼットの帯同赴任を望んだ。

 ジーラント人がタルールにいる限り、グレーンフィーン家の祝福は必要とされる。ロナルドは王国には戻れないと分かっていた。亡き妻の忘れ形見リゼットと、これ以上離れて暮らすことは考えられなかった。

 

 

 エドウィンは、妻の国ジーラント帝国の事情に巻き込んでしまった親友ロナルドに対し、申し訳なく思っていた。リゼットを早く呼び寄せられるよう、二人はドームを大使公邸とし、居住区整備に専念した。

 

 ドームはジンシャーン地区のちょうど中腹にあった。

 エドウィンは、丘の頂上付近をジーラントからの支配層の居住区とし、丘のふもとの平地には、ジーラント人子弟用の学校や公園、娯楽施設を兼ねた運動場を整備した。

 

 夏には「星の嵐」と言われる大きな嵐の通り道となるため、居住区の家々は王国にあるものよりも頑健になるよう、エドウィンが設計した。


 ジーラント人は、おおざっぱな性格の者が多く、当初設計通りの仕事をせず苦労したが、「星の嵐」を一度体験してからは、エドウィンの言うことを聞き、真面目に家を建てた。

 

 ロナルドもタルール人との間に通訳として入り、居住区建設に小さいが力持ちのタルール人の手を借りた。

 

 貨幣を持たない彼らの報酬は「石」だ。魔鉱石を採掘するジーラント人は、その過程で様々な宝石を入手する。ロナルドさえ間に入れば、タルール人を雇うのは簡単だった。

 

 そうして、ジンシャーン外国人居住区と、その外に整備された港湾施設との間に、タルール人の為の家や、タルール人が経営する店も出来て、シーグーと呼ばれる港町が形成された。

 入植の準備が整うと、帝国からは次々と新たな農地を求めてジーラント人がやって来た。 


 エドウィンはリゼットが快適に暮らせるよう、他にも思い付くことはすべてやった。

 王国から彼女が得意だという鍵盤楽器「クラヴィア」も運ばせた。また、暑さで倒れないよう、彼女が過ごす学校にも、魔電力で適温を保つ空調設備を用意し、タルールに駐在するジーラント人の医務官には、王国の医療研修を受けさせた。


 

 そうしてロナルドとエドウィンは満を持して、リゼットを迎えたのだった。

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