第9話 少女の理由 1
昼前になり、子どもたちは解散した。
もと来た坂道を登り、それぞれの家へ散っていく。リゼットの足取りは重く、皆から遅れるようになった。
アレクシスは、ゆっくり歩く彼女の手を引いてやろうとして、近付いたら倒れて来たので、慌てて支えた。その体は熱く、熱があるようだった。
少女たちがリゼットを取り囲み、口々に気遣いの言葉をかける。少女たちにとって、リゼットは庇護欲を掻き立てられる、守るべき小さなお姫様のようだ。
──ジーラント人には、そういう思考回路がプログラムされているのか?
リゼットはペールでは全くの役立たずで、何も疲れるような動きはしていなかったのに、なんで倒れるんだ、とアレクシスは思った。
女子たちの「従兄なんだから背負ってやれ」という圧が強く、アレクシスは仕方なくリゼットを背負った。
アレクシスの首に熱い息がかかる。……ただでさえ暑いのに!
途中で別れるはずの女子までもが心配して家まで着いてきた。家に着くと、中からスーが慌てて迎え出る。アレクシスは、女子たちが代わりに持ってくれていたリゼットの荷物を受け取ると、
『荷物、持ってくれてありがとう』
帝国語でそう言い、意識の無いリゼットをおんぶしたまま、家の中に入っていった。家の外で、
『アレクシス、喋れるんだ! 普通に帝国語話してた! しかもリゼより上手だったよね?』
と、帝国人女子がきゃあきゃあ騒いでいた。
***
アレクシスは、スーに思念で伝えられた通り、リゼットをベッドに寝かせた。
タルールは、純粋な王国人の子どものリゼットには、過酷な環境なのだろう。これしきのことで熱を出してしまうぐらい弱い。
スーは手慣れた手つきでリゼットの体を冷やした。その刺激にリゼットは目を覚まし、
「ごめんね。アレクシス、スー」
と謝った。すかさずスーはリゼットの口許に水分を運ぶ。
「アレクシス初めてだったのに、大活躍だったね。気を付けてたんだけど、また熱出ちゃった」
と、辛そうに話すリゼットを見て、なぜ、王国人のグレーンフィーン伯爵は、小さな娘をこの地に呼び寄せたのか。アレクシスの中に、怒りに似た気持ちが沸き上がった。
その日の視察を終え帰って来た大人二人に、アレクシスは今日の顛末を説明した。
友人たちに誘われ、ペールの試合に参加し、リゼットは戦線離脱して木陰にいたが、熱を出した。面倒を見るように頼まれていたのに、申し訳ないと謝った。
その上で、なぜグレーンフィーン家は、タルールに住むようになったのか、なぜジンシャーンにリゼットを呼び寄せたのか、ロナルドに尋ねた。
答えに窮するロナルドに代わり、エドウィンは息子にジーラント人がタルールを拓いた経緯を語り出した。
***
古代エアデーン人が、星の厳しい環境に適応できる体を持つよう創造した種族、それがジーラント人である。
屈強なジーラント人は星を開拓し、魔鉱石を発掘する。
知能の高いエアデーン人はその魔鉱石を原料とし、「星の塔」を維持するための魔力や、生活するのに必要な魔電力を得ることが出来た。
やがて魔鉱石を求めて大陸全土に拡がっていったジーラント人は、エアデーン人が住めない厳しい気候のエリアを自分たちの領土とし、「ジーラント帝国」を樹立した。
ダリヤーム川を国境として、南側をエアデーン人のエアデーン王国、北側をジーラント人のジーラント帝国として、それぞれが住み分けるようになっていった。
ジーラント人は魔鉱石を、エアデーン人は、魔電力と、魔電力を駆使して人工的に育てた食料を、それぞれ交換し補い合いながら、国が分かれても、その互恵的関係が長く続いていた。
ところが、エアデーン王国アンドリュー国王の代になり、帝国から供給される魔鉱石の数がじわじわと減ってきた。
原因は様々あるが、その一つがジーラント帝国の生産人口の減少だとされた。そこに至る要因も様々あったが、結論として帝国の食料自給問題が根本にあると分析された。
ジーラント人も食料生産をエアデーンだけに頼らず、牧畜、畑作を中心に行っているが、寒冷で厳しい気候は農作物の増産を阻む。さらに、冬の間は国境を流れるダリヤーム川が凍結し、王国からの食料調達も滞ることから、必然的に食料の価格は高騰する。
家計を圧迫する食費に、若い夫婦が子どもを持ちづらくなっている原因がある、とされたのだ。
両国は話し合い、お互いに困る事態を避けるため、さらなる連携を模索した。
その象徴として、アレクシスの父、エアデーン王国第二王子エドウィンと、ジーラント帝国皇女ミランダは結婚することとなった。
土木や建築分野に特化した脳機能拡張の
エアデーン王国にとっても、エドウィンは、王位継承順位も第三位と低く、問題はなかった。
そうして、ジーラント帝国皇太子、後に皇帝となるオレーグと、エアデーン王国のエドウィンを中心に、ジーラント帝国の食料不足と人口減少を解決するため、様々な施策が行われた。
未開のタルールへの入植も、その一環だった。
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