第8話 ペールとの出会い

 アレクシスがリゼットの部屋を覗くと、彼女は半袖に、膝までの半ズボンに着替えており、タルール人の侍女のスーに髪の毛をポニーテールに結ってもらっていた。

 アレクシスが、やっぱり一緒に行くことを告げると立ち上がって喜び、侍女のスーにじっと座っているよう、たしなめられていた。玄関ホールで待ち合わせと言われて、アレクシスも自分の部屋に戻り、手持ちの服から半袖、半ズボンに着替え、先に階下に降りる。

 

 玄関では数名のジーラント人の少女が待たされていた。一斉にアレクシスを見たので、アレクシスは祝福レーンを発動させた。「暗示支配」とまではいかないが、自分のことを詮索するなという、軽い暗示をかけた。お陰で、リゼットが降りてくるまで、余計な会話はせずに済んだ。

 

 リゼットは、手にボールを持ち、半袖、半ズボンの上に断熱マントを着て現れた。


「アレクシス、あなた断熱マントはいらないの?」

〈たぶん大丈夫だ〉

「あ、良いとこ取りだったもんね」


 リゼットは、アレクシスを見て、キョトンとしている友人たちに気がついた。そこでリゼットは、ひとつ咳払いをして、帝国語を話し出した。


『みなさん、しょうかいします』


 アレクシスは、リゼットが自分のことを友人らに紹介しようとしているのに気付き、急いで設定の思念を送る。


〈従兄のアレクシス・レーン・レナード。思念通話だけ使えるエアデーン貴族ってことにして〉


 リゼットは分かった、と目配せしてから、


『こちらは、いとこのアレクシス・レーン・レナードです。エアデーンきぞくです。よろしくね』


 リゼットは、語彙力がなく、思念通話の件を端折はしょって説明した。アレクシスは、リゼットの辿々しくゆっくり話す帝国語を、どうにか表情筋を動かさずに聞けたが、帝国少女たちは微笑みながら聞いていた。


『よろしく、アレクシス。私はオリガ。オリガ・ボルトゥノヴァ。って、帝国語分かるかな?』


 女子グループのリーダー格らしき、茶色いクセのある髪を男子のように短く切り揃えた少女が挨拶をする。アレクシスは口を開こうとしたが、


『あ、あのかれはのどがいたくて、はなせないの……』


 と、リゼットが謎のフォローをした。

 

 ──昨日、喉が痛い訳じゃないと説明したのに、泣いていて、聞いてなかったのか?

 

 アレクシスは、もうそういうことにしておこうと、訂正もせず、黙っていることにした。



 少女たち一団は、ジンシャーンの居住区敷地内の緩やかな坂道を下っていく。

 

 ジーラント帝国に租借されたバオアン平原は平地だが、ジンシャーンと呼ばれる外国人居住区のある地域は、海に程近い小高い丘を切り開いた場所にある。

 丘の頂上に行くほど、家が広くなり、身分の高い帝国人が住んでいるらしい。リゼットの住む大使公邸ドームはちょうど中間地点にある。

 

 少女たちは、他にも何軒か友人たちの家に寄り、声をかけながら丘を下る。丘を下りきった所には、プールを併設した学校や公園、運動場など公共施設が固まって造設されていた。


 朝の公園には、すでに少年たちも集まっていた。帝国人は、男女に体力差はなく、皆一緒に遊ぶようだ。

 リゼットは会う人ごとに、辿々たどたどしい帝国語でアレクシスを紹介した。ジンシャーンでは新人が現れるのは珍しいことではないようだ。こちらに興味を示さず、人数が揃うまで、黙々とパス練習をする少年たちも多かった。


 アレクシスはリゼットとパス練習をすることになった。

 ボールは足で蹴ってパスするか、掌か拳ではたくように打ってパスをするらしい。

 リゼットとのパス練習自体は簡単で、むしろ力を加減してやらないといけない。だが、試合中に地面にあるボールを拾う際、手を使ってはいけないらしく、ボールに逆回転をかけ、跳ね上げさせて拾い上げるのは、なかなか難しかった。

 

 リゼットにパスを回さず、彼女の文句を無視し、周囲の上手そうな少年のやっているのを見て、黙々と試した。そうしているうちに、人数が集まったらしく、チームを分けると声がかかった。

 ペール初心者のアレクシスは、弱いリゼットと2人で1人扱いにしようと決まったようだ。


 コートの両端にネットが張られたゴールがあり、その前にはゴールを守る「キーパー」がいる。ゴールネットの両サイドには、上にゴールバーが伸びており、相手のゴールネットにボールを入れると三点、ゴールバーの間にボールを通過させると一点。蹴るか、拳か掌で打つかしてパスを繋いでゴールする。

 

 ボールを持って歩ける歩数は四歩。一度バウンドさせるともう四歩進めるらしいが、そこは子どもルールなのか、それ以上持って走っているように見える。だが、誰もとがめない。


 リゼットは断熱マントを脱ぎ、相手のゴール前の一番活躍できる位置でずっとうろうろと待っていた。だが、彼女にパスを回した時点でせっかくのチャンスを無駄にすることが分かっているので、誰もボールを回さない。


 アレクシスはしばらく敵と味方の動きを観察し、ルールを把握した。まだボールを上手く扱えない初心者の自分に出来ることは、相手の意図を崩すことだ。


 アレクシスは、蹴ってボールを運ぼうとする相手の動きを予測し、相手がドリブルして少し離れたボールを、走り込んですかさず横から蹴ってみた。

 また、味方側のゴール前にいる敵にマークし、相手に回ってきたパスを代わりに受け取って、とりあえず敵側ゴールに向かって、大きく蹴って、ピンチを凌いだ。


 気がつくと太陽はすでに高い位置にあり、リゼットは戦線から離脱して、断熱マントを着て、木陰で応援に回っていた。

 

 アレクシスは初心者に出来ることをやっただけのつもりだったが、結果は大活躍だったらしい。味方リードのまま、終了を告げるタイマーの音がすると、味方から抱きつかれたり、少し年配の少年からは頭を撫でられたりした。勝利に上気し破顔する仲間、木陰ではしゃいでいるリゼットが見えた。


 久しぶりに体を動かし、心地よい汗をかいた。

 

 ──これが「ペール」か。「神の石」にも載っていないことがあるんだな。

 

 アレクシスは額に手をかざし、タルールの青い眩しい空を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る