本文

 真朱の紅葉を揺らす風たちが鋭く感じる秋という季節に、私はレンガが敷き詰められた道をのそりのそりと歩いていた。

 脳内は珍しい過去の恋人からの連絡に踊り、尊い女心が久しぶりに日なたに顔を出している。何故君は私に連絡を寄越したの? そんな直接的でロマンのない問いを私は胸中に仕舞い、彼とのくだらない話で五分咲き程度の花を咲かせた。


 あんな振られ方をしたのに、あんなに嫌いと叫んだのに、いざ連絡が来れば私は喜び舞を踊りそうになる。イヤヨイヤヨも好きの内、私は今でも彼の手の内で、握られ潰され踊らされ。もう彼を好きではない、けれどやはり嫌いにはなれないのだと私は自分を嘲笑った。


 彼との話はあまり盛り上がらない、けれどそれは川のせせらぎのように静かに決して滞ることはない。何故連絡を寄越したの、貴方本当は私に何か言いたいことがあるんじゃないの。そんな問いが頭の中を浮遊して、自分の足まで千鳥足になりそうであった。

 

 いつでもどこでも、頭の中は彼のことでいっぱい。まるで付き合っている時みたい。私、何も成長していないのね。ウフフと自分の口元を曲げた人差し指で押さえた。もしかしたら、彼も――。




 真朱の紅葉が揺らされて、それが一枚目の前に落ちてきた。私はピタリと足を止め、その紅葉の行方を目で追う。紅葉は私の数メートル先に落ち、地面の白いレンガがより一層真朱を引き立てて、私はその紅葉に釘付けに。私はかがんでその紅葉をまじまじと見た。


 私の脳内にこの紅葉の落ちる瞬間が心像となって表れて、その刹那、後頭部とうなじにかけてのあたりから、パチッと音がした。


――嗚呼、そっか。


 もうだいぶ震えなくなったスマホが、かがんだせいでカタンと地面に落ちる。私の目の前に広がっていた靄がスウッと消えて、紅葉が少し黒っぽく見える。

 男が振った女に連絡を寄越す理由なんて、たった一つしかない。


――嗚呼、危ない、危ない。騙されるところだった。


 私は落としたスマホをズボンのポケットに仕舞い、グシャリと紅葉を踏んで歩き出す。お前さえいなければ、彼の意図に気が付かなくて済んだのに、そんな八つ当たりを綺麗な紅葉にする私。私は醜く汚らわしく、そして紛れもない女だ。彼と別れてから自分の肢体を誰にも晒すこともなく、静かに私を襲う老いを受け入れてきた。きっと人生の中で一番美しい今を、私は誰に捧げるわけもなくたった独りで生きている。





 色恋、情欲、煽情、怒涛、恋慕、狡猾。彼の狙いに気が付いた私が抱くべき感情は、一体どれ?騙されたフリして、彼に愛されない私の心を彼に愛される私の体で殺そうか?


 生きている上での死を私は手に入れ、屍となりこれから起こりもしない幸せを想像して、自己完結の幸福を手に入れる。彼に一瞬でも愛されるなら、それでもいいかもしれない。


 吹き付ける秋の風で、自然と手は上着のポケットの中に。人肌が恋しい季節が到来し、けれどきっと今年も私に彼氏は出来ない。いい加減結婚しろ、と会うたびに行ってくる両親に嫌気が差し、実家にも帰らなくなった。


 自分は一人ぼっちなのだ、と改めて実感する。でもしょうがない、私はいつまでも彼が忘れられないのだから。例え体だけを求められているのだとしても、それが彼から見た私の存在価値ならば、正当な判断だと思う。


 グッと手に力を入れ握りしめると、スマホが微かに震えた。


 私は上着のポケットからしぶしぶ手を出し、スマホが入っているズボンのポケットに手を伸ばす。


――今度の休み空いている?

――ええ、勿論。


 そんな会話を脳内で繰り広げて、私は自分の心を落ち着かせる。スマホの画面を見ると案の定彼からのメッセージが届いていた。ロック画面を解除し、メッセージの内容を見る。







 パチッ

「結婚、かぁ......。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パチッ 狐火 @loglog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説