第2話 わたくしの唯一のお友達をご紹介しますわ!
財閥の御令嬢にバチクソにお説教された翌朝。
わたくしは憂鬱な気持ちで学園へと向かっていた。しばらく自宅でメンタルを療養していたかったが、気合で乗り切ることにした。
教室に入ると、綾乃様はもう登校していた。彼女は取り巻きのお嬢様たちと雑談しているようだ。
わたくしの視線に気づいたのか、彼女はこちらに顔を向ける。
目が合ってしまった。わたくしはぎこちない笑顔で会釈する。
また何か言われるのだろうか。ちょっと怖い。
身構えていたが、彼女はすぐ目を逸らし、何事もなかったかのように雑談に戻った。
「……」
無視かー。
いや、これで良いのだ。昨日の出来事が異常だっただけで、本来綾乃様とわたくしのパワーバランスはこんなものである。住む世界が違いすぎるのだ。
わたくしは安心して席に着く。
1時間目は英語だっけ。予習でもしようかと教科書をめくっていると、後ろから大きな声がする。
「おはよう! 花莉那ちゃん」
……え? わたくしの名前? わたくしに話しかけてくれたのだろうか。
驚いて心肺が停止しつつも声のする方を見る。小柄で可愛らしい子が笑顔を向けていた。え! 可愛い……。あ、それよりもまず挨拶を返さなければ。
「ご、ご、ごきげんよう」
流暢に挨拶を返すわたくしを見て、彼女は微妙な顔をする。
「私、花莉那ちゃんと友達になってから一ヵ月以上経ってると思うけど。いい加減慣れてほしいな」
この方は
「ゴールデンウイークは千葉に撮影に行ったってこの前話したよね。その時に撮ってきた写真をアルバムにしたんだよ。どうかな」
そう言って彼女はわたくしに冊子を渡してきた。彼女らしいポップな表紙のアルバムだ。
彼女は写真部に在籍している。休みの日にはさまざまな場所に出かけて写真を撮っているそうだ。
ちなみにわたくしは帰宅部である。帰宅だけは誰にも負けませんわ。
さて、アルバムをめくってみる。神社の鳥居やローカルの鉄道など、旅行先のスナップ写真が貼られていた。
「どれも凄く素敵な写真ですわね。緑が新鮮で、とても爽やかな感じがしますわ」
率直な感想を述べた。女子高生ならば自撮り写真で埋め尽くされていそうなものだ、とも思ったが……そこは伏せておいた。
「そうそう、爽やか。5月は旅行に最適な季節だよねぇ」
彼女はとてもご満悦の様子であった。とても可愛らしい。
昼休み。
わたくしは先ほどの数学の授業の内容が全く分からず、机に突っ伏していた。
「花莉那ちゃん。頭から煙が出てるけど、大丈夫?」
麻衣さんが心配して声を掛けてくれたようだ。優しい……。
「お、おそらく大丈夫ですわ……。先ほどの重積分とかいうやつにコテンパンにされてしまいまして」
「ふうん。花莉那ちゃん、今日は授業中頑張って起きてたね。数学の時間はいつも居眠りしているのに。偉い偉い」
そう言って、わたくしの頭を撫でてきた。麻衣さんの優しさが指先からわたくしの頭皮に伝わる。ダメージを受けた脳が急速に回復していくのを感じる。
「頭を使ってお腹空いたんじゃない? 学食にご飯食べに行こう」
「ええ、もちろん。ご一緒しますわ」
わたくしはカバンからお弁当箱を取り出し、彼女の後を着いていく。
学食に着く。そこそこ混んでいるようだった。
「それじゃあ注文してくるね。ちょっと待っててね」
ごめんね、と彼女は申し訳なさそうにしながら列に並ぶ。
「わたくしはお席を取ってますわね」
わたくしはその辺の空いている席に座り、お弁当を広げる。
この学園の食堂は至って普通である。お嬢様学校といえど高級フランス料理が出るわけではない。500円の日替わり定食が人気だ。
しかしながら、没落貧乏お嬢様のわたくしにとっては180円の素うどんですら高い。節約のために家で作ってきたお弁当を食べるのである。
街にあるレストランでこんなことをしたら店長にムチでしばかれて塩を撒かれてブラックリストに登録されてしまうだろうが、学食は持ち込みについては特に問題はないようである。学食内にはわたくしの他にも手作りのお弁当や、売店で買った菓子パンを食べている生徒もいた。
「お待たせ。列混んでて大変だったよ」
しばらく待っていると、麻衣さんがトレーを持ってやって来た。席に着くと、彼女は手を合わせる。
「それじゃあ、いただきますしようか」
彼女は日替わり定食を注文したようだ。本日のメニューは鯖の味噌煮。
わたくしもいただきますをして、お弁当を食べ始める。
「そう言えば、写真。風景写真しか撮りませんの?」
わたくしは気になっていたことを尋ねる。
「? 風景写真しかってどういうこと?」
「いえ、その。麻衣さん本人が写っていないなと思いまして」
「私はカメラマンなんだよ。被写体ではない」
「ほら、自撮りする棒みたいなものがあるじゃないですか。ああいうのを使えば」
「嫌だよ、恥ずかしいじゃん」
私は写真部の活動として作品を撮っているんだよ、と彼女は言う。
「そうだ、人物写真を撮ってほしいのなら、花莉那ちゃんを撮ってあげるよ」
彼女はスマホを取り出してわたくしに向ける。
「ほら、笑って笑って。はい、撮るよ」
パシャシャシャシャシャ。連写だ。
「ちょっと、撮りすぎですわよ! この辺で勘弁してくださいまし!」
「あはは、私の気持ちが分かった? 撮られるのは恥ずかしいよね」
「ええ、よく分かりましたわ……」
お昼ご飯を食べ終わり、教室へと戻る。
「花莉那ちゃんは部活に入らないの?」
わたくしの質問タイムが終わったので、次は麻衣さんのターンということか。
「今のところは入る予定はありませんわね。わたくしは中等部の頃からずっとどこの部活にも所属していませんの」
「ええー、そうなの? じゃあ興味あるものとかはないの?」
「少し前までバイオリンを習っていましたわね。でも、お父様の仕事の関係で、習い事を続けられなくなって。バイオリンは手放しましたわ」
習い事は大変なこともあったが楽しかった。
買ってもらったバイオリンを売らなければならなくなった時には、それなりにショックを感じた。
「ですので、今は帰宅部で頑張っているのですわ。って、え!?」
麻衣さんはポロポロと涙を溢していた。やってしまった。泣かせるつもりはなかった。
「ごめんね、花莉那ちゃん。私、無神経なことを聞いちゃって」
「い、いえ! 全然気にしていませんのよ! どうか気に病まないでくださいまし! わたくしも湿っぽい話をしてしまって、申し訳ありませんの」
どんよりな空気にするつもりはなかった。慌ててこの空気を変える方法を考える。そうだ、ここはやはり一発芸しかありませんわね。
わたくしは筆箱から鉛筆を取り出す。やりますわよ、芸を。……この鉛筆を使ってね。
と思ったが考え直し、頭を撫でることにした。ダメージ回復には撫で撫でが効く。わたくしの体で実証済なのだ。
「あの、元気出してくださいまし。わたくし、いつもの明るい麻衣さんが好きですわ」
しばらく撫で撫でを続けていると、彼女は落ち着きを取り戻す。
「ありがとう。花莉那ちゃんは優しいね。」
泣き止んでくれたようだ。良かった。
わたくしは彼女に触れていたことが急に恥ずかしくなり、彼女の頭に乗せていた手を離す。
「私に出来ることがあったら何でも協力するからね。どんどん頼ってね」
泣き腫らした顔で、彼女は微笑む。
彼女の笑顔の眩しさにわたくしは――
時間停止アプリを起動した。
昼休みの教室には生徒が大勢いて、おしゃべりをしていた。
それが一斉に静止する。とても不気味である。
この瞬間の気味の悪さはいまだに慣れない。
わたくしは残像を残したまま彼女の背後に高速移動すると、べったりと抱き着いた。彼女はわたくしよりずっと身長が小さいので、抱きかかえるような構図になる。
ロリっ子の柔らかボディを全身に感じる。
「そんな、わたくしの貧乏転落物語を話すつもりはありませんでしたの! スー、ハー。麻衣さんは一切悪くありませんわ! ハスハス……」
わたくしは大きく深呼吸しながら言う。
「いえ、でも、何でもするとおっしゃるのなら、その気持ちは尊重したいですわね……。それなら、麻衣さん成分を大量に摂取させてくださいまし! 週1くらいで!」
わたくしは彼女の耳たぶを口に咥えた。
唇でもにょもにょと甘噛みをする。白玉のようなもちもちな食感。
「モゴモゴ! ム~~! ぷはっ。……最高ですわ。麻衣さん成分、これがなければ始まりませんわ」
続いては前方に周り込み、立ち膝をする。わたくしの目線の高さに彼女のおへそが来る。抱き着いて、お腹に顔をうずめる。無駄な肉はないが、筋肉の固さも感じない彼女のお腹。ただただ柔らかい感触だけが伝わってくる。
「うう……一生ここにこうしていたいですわ。麻衣さん抱き枕、最の高ですわ」
そうしていると、スマホから時間停止タイム終了を知らせるアラームが鳴る。わたくしは大きく舌打ち。3分間じゃ全然足りないですわよ……。
世界は再び動き出す。
教室にガヤガヤとした話し声が戻る。
「……」
麻衣さんは微笑んだ表情で、こちらをじっと見ていた。時間が止まっているわけではない。わたくしの返答を待っているようだ。
えっと、時間を止める前はなんの話をしていたんだっけ。……そうだ、困ったことがあったら頼ってね、と彼女は言ってくれていた。
わたくしは彼女の手を取り、イケメンボイスで語りかける。
「ええ、麻衣さん。もし困ったことがあったら、真っ先にあなたに相談させていただきますわ」
賢者モードになったわたくしはとても綺麗な顔をしていた。
没落しましたけど時間停止アプリがあるからわたくしは幸せですわ! 南国アイスバーン @yabasugidesuwa
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