第7話 緊急事態
「2人とも仕事は今終わったのぉ?」
ただいま僕の目の前にいるのは、無駄に胸の大きい女の人。
否、目の前というよりは目と鼻の先と言った方が正しいのだろうか。
それくらい言っても大袈裟ではないくらい目の前の女の人は距離感が近い。
真横にいるオジサンは気持ち悪い笑顔でニタニタしている。
なるほど、ここがいわゆるキャバクラってやつなのか…。
なんというか、絶対に僕の趣味には適していないと即答できる。
そもそもこんな初対面の女の人がものすごく近くにいて、正気でいられる人の気がしれない。
確かに顔は可愛いけれど……。
女の人は僕の顔を見て、ニコッと微笑んだ。
僕は何故か居た堪れない気持ちになってきたので、目の前の酒を一気飲みした。
ラミレスには絶対に内緒にしておこう。
この後も知らないおじさん、知らない女の人と共に酒を飲んで、くだらない話をグダグダと話した。
そんな状況が途切れることもなく続き始めてから約30分が経った。
「この世の中はぁ〜ほんっとぉにおっかしい」
オジサンは酒の瓶を片手に世の中の不条理を説く。
顔もほんのり赤くなっているので多分、もう酔っているのだと思う。
いくらなんでも酔うまでの時間が短すぎやしないか?
そんなことは最早どうでもいいとして、そろそろ僕はお暇したいのだが。
ラミレスが待っている。
と、その時!
外から大きな爆発音のようなものが聞こえてきた。
咄嗟に窓の外を見てみると……。
「ええっ!?」
なんと、街中が燃え盛っていたのだ。
まるで戦場のような地獄絵図に。
多くの通行人は歩道に倒れ込んでいた。
「ど……どういうことだこれ……」
店内はどよめいている。
「な、なんだよこれ……」
おじさんは瞬きさえも忘れて、街の変わりように目を見開いていた。
胸のでかい女の人も、こんな事、前代未聞だと言わんばかりの驚きようだ。
そして、少しのタイムラグを経て、外からなにか大きなサイレン音のようなものが聞こえてきた。
そのサイレン音は、このキャバクラの店内からもハッキリと聞こえるほどの大きな音で街中に響いていた。
そのサイレン音は、まさしく、「非常」を表しているかのようであった。
そして、唐突に街内放送が大音量で街中に流される。
店内にいる客も店員も、店内にいる誰もが街内放送に耳を傾けていた。
『ただ今、国内の様々な地区で同時多発テロが発生しています。首謀はGUNFA。首謀はGUNFAです。被害を受けている地区にお住まいの国民は直ちに安全な場所に避難を開始してください』
音質の悪い音声が街中に響き渡る。
同時……多発テロだって!?
「ええっ!!!」
おじさんは大きな声でリアクションを体現する。
そのくらいのリアクションが妥当な程、今の状況は言うまでもなく非常事態である。
GUNFA……がテロ……。
GUNFAって…確かミラさんがぶっ飛ばした奴がGUNFAの隊員だったよな……。
GUNFAってそんなにヤバイ集団なのか?
「おい、避難しようぜ!」
おじさんは早々と荷物をまとめていた。周りの客も慌てて帰る準備をしていた。
そのせいか、とても店内が騒がしい。
そうだ考える前に避難しないと……。
避難……。
はっ!!
ラミレス……!
もしかしたらラミレス……避難していないかもしれない!!
「おじさん!僕ちょっと行くとこあるから!」
「おい、どこ行くんだよ」
そんなおじさんの声に返答することもなく、僕はキャバクラを後にした。
キャバクラの外は、窓から見た時と同様、戦火が広がっていた。
GUNFAの隊員だと思われる奴らが街中で半狂気的に剣を振り回す。
その剣の攻撃をかろうじて避けながら、ラミレスの元に全力ダッシュをする。
ごめんよ、大事な時に一緒に居れなくて。
その申し訳なささえも糧にして、僕はただひたすらに走る。
そこから走ること1時間。
やっとのことで、家に着いた。
どうやら家周辺の地区も襲撃にあっているようなので、ラミレスがとても心配だ。
間髪を入れることも無く、僕は急いで玄関のドアを開けた。
そして、叫ぶ。
「ラミレス!!」
無情にも、その声に返答してくれる人は、誰一人もいなかった。
電気もついていない。
家の中は、ぐちゃぐちゃに散らかっている。
僕は不安感を高めながら、家の中に入っていった。
家のなかには誰一人としていなかった。
もしかすると……。
最悪の万が一が頭によぎる度に、僕は首を振って気持ちを逸らした。
いや、大丈夫。きっとラミレスは避難したんだ。
避難したからいないんだ。
そう思っていないと、気が狂ってしまいそうなのである。
ふと目に映ったのは、床に落ちている大きな紙。
その紙を拾ってみると、そこの紙には筆で文字が書かれていた。
大きな文字で
『お前の嫁は俺様が飼わせて貰う。
From GUNFA隊長 クリスト』
と書かれていた。
「……嘘だろ」
ラミレスが……さらわれた?
そんな……。
そんな事があっていいはずがない。
僕は膝から崩れ落ちた。
拐われた……
頭の中がホワイトアウトのように真っ白になる。
息は無意識に荒くなる。
拐われた……んだ。
そうだ
ラミレスが、拐われたんだ!!
僕の思考はやっとのことで、通常運行を始める。
どうしよう……早くラミレスを取り返しに行かないと……。
でも、拐ったと思われるのはあのGUNFAの隊長だぞ?
僕なんかが勝てるのか……?
そんなことを考えていると、どこかからいい匂いがしてきた。
その匂いの先には、キッチン。
僕はキッチンの方に向かった。
キッチンのコンロに置いてあった鍋の蓋を開けてみると……。
そこには具沢山のポトフがあった。
僕が数日前に食べたあの、美味しいポトフをラミレスは今日も作ってくれたんだ。
……。
僕がキャバクラで遊んでいる間、ラミレスは僕のために……。
ポトフを作って帰りを待っていてくれていたんだ……。
それなのに僕は……僕は。
拳をぎゅっと握りしめながら、僕はお玉を使ってポトフをすすった。
気がつけば、僕は泣いていた。
涙のつぶはとめどなく流れ落ちてくる。
「……ごめん…ラミレス……」
ポトフの優しい味が僕をどこまでも包んでくれるような、そんな気がした。
僕は、筆で文字が書かれていたあの大きな紙をビリビリに破いた。
そして大きな深呼吸をする。
「助けに行かなきゃ」
僕は迷いひとつなく、ラミレスのいる元に足を進めることにした。
現在の貯蓄ポトフ量 2
主人公はポトフで強くなります。ただし、主人公はそれを知りません。 @kkk222xxxooohhh00
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