岡田斗司夫ゼミ♯295:竹やりでB29を撃ち落とす日
以下は、「岡田斗司夫ゼミ♯295:終戦記念日『シン・ゴジラ』特集、ゴジラと核兵器」のテキスト版を読んで、ダウンフォール作戦について考えたことです。
動画はインターネットで見られます。
第二次世界大戦末期に、日本本土への進攻を目的とした「ダウンフォール作戦」と呼ばれるものがありました。
これについて動画で岡田さんが説明していましたが、解説した本もありますし、Wikipediaにも載っています。
ダウンフォール作戦の目的は東京への進攻でしたが、その前に日本が降伏したために実施されませんでした。
もし実行されていれば、ベトナム戦争のような戦いが、日本で行われた可能性があります。
そうなれば、日米関係は今のような形にはならなかったでしょう。
日本がドイツのように分裂したり、共産国になったりしたかもしれません。
このダウンフォール作戦は二段階の作戦でした。
一段階目のオリンピック作戦で南九州を制圧し、東京進攻の橋頭保にする。
(なお、日本軍が中国で化学兵器を使用した事例から、サリンの使用を検討)
二段階目のコロネット作戦で南九州から日本全土へ空襲を行い、東京へ進攻する。
アメリカはダウンフォール作戦による兵士の犠牲者を五十万人と見積もっていました。
日本側の被害予測は情報がありませんが、原子爆弾が使用されなかった前提で、ベトナム戦争の結果から日本側の死者数を想定できると思います。
何にせよ、作戦の未実施は日米両国民にとって幸いなことでした。
それには、広島・長崎に落ちた原子爆弾が大きく影響したのでしょうが。
さて、先の戦争を語る際に、日本の愚かしさの象徴として、竹やりの訓練があげられます。
日本は竹やりで米兵と戦おうとした。
たとえば、その事実だけで判断してしまえば、できのわるいブラックユーモアに見えるかもしれません。
しかし、朝鮮戦争における人民解放軍やベトナム戦争におけるベトコンが、どのように米兵と戦ったのかを知っていれば、竹やりの訓練というのはまったく笑えません。
ダウンフォール作戦が実施されていれば、武器のない民間人は竹やりで戦いに駆りだされた可能性があります。
また、竹を使ったトラップの設営を強制され、米兵に多くの死傷者が出たことでしょう。
竹やりの訓練は、追い詰められた集団の無意味な妄動ではありませんでした。
朝鮮戦争の人民解放軍のように、ベトナム戦争のベトコンのように、十人で米兵一人を殺せれば御の字というような戦いに、人々を駆り出すための訓練だったのです。
朝鮮戦争時の人民解放軍やベトナム戦争時のベトコンは、武器が不足していたために火縄銃や
それを考えれば、日本人が竹やりで米国と戦う可能性は低くなかったでしょう。
ベトナム戦争のような戦いが、かつての日本で起こり得たことは、おぼえておくべきだと思います。
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