第48話 深い黒



 アレから数日が過ぎた。


 アウロラはボウッと授業を聞き流しながら、クルクルとペンを指で回す。


 授業をまともに聞いた事は無い。精霊を視認する事ができる彼女にとって、学園の講師が話す魔法の理論はどれも幼稚で、まともに聞くのが馬鹿馬鹿しくなるからだ。


 ぐるぐると止めどなく流れる無意味な思考の渦で、映像として断続的に浮かび上がってくるは先日見た鉄の義手。


 極限まで無駄をそぎ落とした機能美。深く、吸い込まれそうな鉄の色……。


 ”鉄”


 何故だかはわからないが、どうやら自分は鉄というものに興味があるようだ。アウロラはそう自覚する、そんな事、今まで考えた事も無かった。


 鉄は神秘とは真逆にある存在だ。


 農民の農具。

 戦士の武具。

 泥臭く、地に足の着いた確かな力。


 神秘の担い手である森の民。その血を引く自分には、関係の無いものだと無意識のうちに考えていたのだろう。


 しかしアウロラ自身、魔法や神秘なんてものに興味は無かった。そんな彼女が、鉄に興味を持つのはある意味自然な事かもしれなかった。








「最近いつにも増してボーッとしてるねアウロラ。何かあったのかい?」


 一人食堂で食事を取っていると、いつものようにロイが話しかけてきた。よくも毎日飽きずに話しかけてくるもんだと少し関心する。



「別に……いつも通りじゃない?」


 何となくとぼけてみるアウロラだったが、ロイは笑顔を崩さないままそれを否定した。


「いいや、きっと何かあった筈だよ? 僕は人間観察が得意なんだ」


「……人間観察は得意でも、コミュニケーションは苦手みたいね。本人が否定した時は素直に引きなさいよ」


「すまない。だけど気になったんだ。何事も気にならないと言った君が、いったい何を考えているのか……とても興味深いよ。もしかして、何かやりたいことが見つかったのかい?」


 やりたいこと。


 その言葉を聞いた時、やはり頭に浮かんだのは鉄の義手だった。


 大きくため息をつく。


 もう眼を逸らすのは止めよう。もう答えはわかっているのだから。アウロラは薄く微笑むと、ロイに問いを投げかけた。


「なあ、ロイ。君の知り合いに、腕の良い鍛冶職人はいるかい?」




◇ 

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