第44話 アウロラ






 大魔法使い ”不老” のセシリア・ガーネット。


 彼女の講演は、学園の生徒に大きな衝撃を与えた。


 魔法適正の高い人物が集められた魔法学園。その生徒ともあろう人物達……即ち、将来の魔法使い達にとって、先達たる彼女の言葉は、刺激が強すぎたのかもしれない。


 ”前提から間違えている技術”


 セシリア・ガーネットは、魔法をそう称した。


 彼女の二つ名たる ”不老” は、長きにわたり不死を追い求め、中途半端に達成してしまった自分に対する嘲りが含まれているのだそうだ。


 皆が怒りに震えるなか、アウロラは小さくため息をついてその場を後にした。


 ”アウロラ”


 そう名乗る彼女の素性は謎に包まれていた。


 この辺りではまず見かけない黒髪に黒い瞳。その鋭い目線は、見るモノを威圧する。この学園に在籍しているという事は、ある程度の魔法適性があるのだろうが、彼女自身には、どうにも魔法に対する興味というものが無いようにも見えた。


 アウロラの素性を知るものはいない。


 そも、彼女はこの学園で誰とも親しくするつもりは無かった。


 つまらなそうに学園の廊下を歩く。


 いつもと同じ退屈な日常。彼女にとって、拷問にも等しい時間。


 そんな日常の風景に、かすかなノイズ。


 人気のない廊下に響き渡る大声。生徒のほとんどが裕福な家庭の出身であるこの学園で、こうも品も無く大声を上げる人物というものは初めて見る。


 少し興味が沸いたアウロラは、物陰に隠れて、その声の主を観察することに決めた。


 まず視界に入ったのは、廊下の先の方で大声を出しながら深々と頭を下げている学生の姿。ここからでは距離があって誰かは判別できない。


 学生に頭を下げられている人物に関しては、この距離からでも判別できた。


 セシリア・ガーネット。


 先程講演をしていた、少女の姿をした大魔法使い。


 あの二人はどんな会話をしているのだろうか? 学生の方は、ハキハキとした大声で何かをしゃべっているのだが、その内容はどうにも聞き取れなかった。


 やがて、セシリア・ガーネットが肩をすくめて何かを返答し、学生は大喜びした様子でその場で飛び跳ねているのが見える。


 普段のアウロラなら、そのまま立ち去るところだが、何か気になった。


 あの学生は、セシリア・ガーネットと何の話をしていたのだろうか?


 魔法使いを目指すための学園で、魔法そのものを批判するような講演をしてしまった異端の魔法使い。彼女と一学生が話す内容が気になってしかたがない。


 少し待って、セシリアと学生が別れたところで、アウロラは学生に話を聞いてみることにした(どちらにも面識は無いのだが、セシリアに聞くよりは名も知らない学生に話しかける方が心理的な負担は少ない)。


「ねえ、ちょっとアナタ」


 振り返った学生は、スラリと背が高く、柔らかな表情を浮かべている男の子だった。


「えっと……何かようかな?」


「アナタ、さっきセシリア・ガーネットと話をしていたでしょう? 一体何の話をしていたの?」


 互いに名前も知らない現状で、こんな雑な質問は失礼にあたるかもしれない。しかし、アウロラはそんな事を考えられるほど、コミュニケーション能力が高くはなかった。


 しかし、そんな失礼なアウロラに気分を害された様子も無く、男子生徒は事もなにげに返答した。


「あぁ、ガーネット様の弟子になりたいと申し出てきたんだ」


「…………弟子? アナタはさっきの講演の何を気に入ってあの方の弟子入りを志願したの?」


 わけが分からない。


 彼は、魔法を馬鹿にしたような講演の何を気に入ったというのか。


「何もかもさ。あの方は、きっとこの世でもっとも魔法の深淵に近い術士さ。でなければ、あんな事を言えるはずが無い」


「…………変わっているのね、アナタ」


「そうかな………そうかもしれないね」


 そして、男子生徒は自然にその右手を差し出してきた。


「ロイ・グラベルだ。よろしくね」


 これが、後に世界最高の魔法使いと称されるロイ・グラベルとの出会いであった。



 


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