第36話 存在の意義
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◇
体が重い。
まるで、自分の体では無いようだ。
ゆっくりと立ち上がった男は、血まみれの自身の体を見下ろした。
明らかに致死量の出血。そも、先程まで男には ”首が無かった”。
”死神”
そう呼ばれる男は、誰も無い廃都市で一人立ち尽くす。
死の世界から呼び戻された反動で、脳みそがギシギシと軋んでいるかのような痛みに襲われていた。
朦朧とする意識の中、何故自分がここにいるのかを思い出す。
目の前に現れる巨大な鉄の戦士。
無慈悲に振り下ろされる刃。
くるりと回転する視界、倒れ行く自分の胴体が視界の端に映っていた。
首を切断された・・・・・・。
そっと自身の首筋をなぞる。
切断された傷口などは見つからず、滑らかな肌の感触が手に伝わる。
自分は首を失っても死ねない。
その事実を確認した瞬間、彼の背筋に悪寒が走った。
死神の心臓部には ”祝福されし完成” と呼ばれる秘宝が埋め込まれている。
その秘宝は、宿主が致命傷を負うと発動し、その生命力を吸い取って自動的に回復・再生の魔法を発動させる・・・・・・そう聞いていた。
そう、あくまで発動する魔法のエネルギー源は、宿主の生命力だと、そう思っていたのだ。
”首が切断される” なんて怪我すら再生させる魔法の発生源が、一個人の生命力である筈が無い。
冷たい汗が頬を伝う。
死神の体を改造したロイ・グラベル曰く、この研究は世の中の非魔法使い達に対する希望なのだそうだ。
確かにグラベル家は人体実験など、非人道的な実験を日常的に行っている。
善か悪かでいえば、確実に悪人であろう。
しかしその目的は崇高なものだ。
死神の体にほどこした改造の研究を重ねていけば、例え魔法適正の低い人間でも魔法を使えるようになるだろう。人類が皆、魔法使いになれる未来を作ることができるのだ。
グラベル家の研究は、一時的な悪を行うことで、今後数千年に渡る人間種の未来をつくる研究なのだと……そう聞かされてきた。
そして死神と呼ばれた男は、その信念に賛同し、その身を実験体とすることを志願したのだ。
人類が発展するための研究……。
しかし、今のこの体はどうだ?
首を切られても再生するなんて、人類の発展などというレベルではない……。生物の理すら外れた、ただの化け物では無いか。
いったいロイ・グラベルは何を求めてこの改造を自分に施したのだろうか?
あまりの出来事に、心臓がバクバクと高鳴っている。
「私は…………何者だ?」
わからない。
もう、何も考えられない。
その場で嘔吐をする。
腹の中は空っぽで、胃液と血の混じった液体が地面を濡らした。
「…………確かめなくては」
そう、
彼は確かめなくてはならない。
自分がいったい何者で、そしてグラベル家が何をなそうとしているのかを。
そして死神と呼ばれた男は立ち上がった。
ふらふらと揺れるその体は頼りなく、しかしその瞳には狂気にも似た妖しげな光が宿っているのだった。
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