第36話 存在の意義





 体が重い。


 まるで、自分の体では無いようだ。


 ゆっくりと立ち上がった男は、血まみれの自身の体を見下ろした。


 明らかに致死量の出血。そも、先程まで男には ”首が無かった”。


 ”死神”


 そう呼ばれる男は、誰も無い廃都市で一人立ち尽くす。


 死の世界から呼び戻された反動で、脳みそがギシギシと軋んでいるかのような痛みに襲われていた。


 朦朧とする意識の中、何故自分がここにいるのかを思い出す。


 目の前に現れる巨大な鉄の戦士。


 無慈悲に振り下ろされる刃。


 くるりと回転する視界、倒れ行く自分の胴体が視界の端に映っていた。


 首を切断された・・・・・・。


 そっと自身の首筋をなぞる。


 切断された傷口などは見つからず、滑らかな肌の感触が手に伝わる。


 自分は首を失っても死ねない。


 その事実を確認した瞬間、彼の背筋に悪寒が走った。


 死神の心臓部には ”祝福されし完成” と呼ばれる秘宝が埋め込まれている。


 その秘宝は、宿主が致命傷を負うと発動し、その生命力を吸い取って自動的に回復・再生の魔法を発動させる・・・・・・そう聞いていた。


 そう、あくまで発動する魔法のエネルギー源は、宿主の生命力だと、そう思っていたのだ。


 ”首が切断される” なんて怪我すら再生させる魔法の発生源が、一個人の生命力である筈が無い。


 冷たい汗が頬を伝う。


 死神の体を改造したロイ・グラベル曰く、この研究は世の中の非魔法使い達に対する希望なのだそうだ。


 確かにグラベル家は人体実験など、非人道的な実験を日常的に行っている。


 善か悪かでいえば、確実に悪人であろう。


 しかしその目的は崇高なものだ。


 死神の体にほどこした改造の研究を重ねていけば、例え魔法適正の低い人間でも魔法を使えるようになるだろう。人類が皆、魔法使いになれる未来を作ることができるのだ。


 グラベル家の研究は、一時的な悪を行うことで、今後数千年に渡る人間種の未来をつくる研究なのだと……そう聞かされてきた。


 そして死神と呼ばれた男は、その信念に賛同し、その身を実験体とすることを志願したのだ。


 人類が発展するための研究……。


 しかし、今のこの体はどうだ?


 首を切られても再生するなんて、人類の発展などというレベルではない……。生物の理すら外れた、ただの化け物では無いか。


 いったいロイ・グラベルは何を求めてこの改造を自分に施したのだろうか?


 あまりの出来事に、心臓がバクバクと高鳴っている。


「私は…………何者だ?」


 わからない。


 もう、何も考えられない。


 その場で嘔吐をする。


 腹の中は空っぽで、胃液と血の混じった液体が地面を濡らした。


「…………確かめなくては」


 そう、


 彼は確かめなくてはならない。


 自分がいったい何者で、そしてグラベル家が何をなそうとしているのかを。


 そして死神と呼ばれた男は立ち上がった。


 ふらふらと揺れるその体は頼りなく、しかしその瞳には狂気にも似た妖しげな光が宿っているのだった。





◇ 

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