第35話 ロベルト
「おいおい、右腕はどうしたんだ? エラく格好いい腕つけてるじゃねえか」
軽口を叩くロベルト。しかし、コーデリクの真剣な表情に、笑みを引っ込めた。
「……なんだ? 真剣な話か?」
「あぁ、そうなんだ。久しぶりだというのにすまない……少し、相談に乗って欲しい事があるんだが、良いか?」
どこか思い詰めたような顔をしたコーデリク。そんな彼に、ロベルトはかつて祖国を追われた若かりし頃の自分を重ねてしまった。
ポリポリと頭を掻く。
(こいつほどの男が思い詰めるなんて、絶対に厄介ごとだろうな……まあ、知り合いが思い詰めてたら無視もできんだろう)
大きくため息をついた。
彼の性格上、それがどんな厄介ごとだったとしても手を貸してしまうだろう。一度気に入ってしまった人間には、とことん肩入れしてしまう。
その性格で損をすることは多い。
しかし、それは彼という人間の本質でもあった。
絶対に仲間を見捨てない。
だからこそロベルトは、圧倒的な求心力で巨大な組織を作り上げる事ができたのだ。
ロベルトは側に転がっていた適当な酒瓶を拾い上げると、それをコーデリクに差し出した。厄介な相談事は、酒を飲みながら話すに限る。
「とりあえず、良く来たな不動。また会えて嬉しいぜ」
◇
「……なるほどな、あの時のお嬢ちゃん、死んじまったのか」
コーデリクの話を聞き、ロベルトは眉をひそめた。
グラベル家に追いかけられていた貴族の娘に関しては、強く記憶に残っている。全くメリットにならない護衛の依頼を、不動が受けた事に驚いたからだ。
傭兵は甘くない。
明日生きれるかもわからない傭兵が、金にならない上に厄介な仕事を受ける事など普通ありえなかった。
「それで? お前は俺に何を相談したいんだ?」
ロベルトが促すと、コーデリクは真剣な顔で頷いた。
「ロベルト……力を貸して欲しい。グラベル家を潰すため、協力してくれないか? もちろん金なら出す」
「……それは、俺達用兵団に対する依頼か?」
「あぁ、力を貸して欲しい」
ロベルトは乾いた口内を潤すために、持っていた酒瓶を一口飲み込んだ。
そして、きっぱりとした口調で言う。
「答えはNOだ……そんな事、お前ならわかっているだろう?」
グラベル家は、魔法の研究に置いて世界トップクラスの権威をもっている。その影響力は測りきれず、子飼いの兵は国の正規軍団ですら凌駕するとも言われている。
メリットが無いどころか、グラベル家と敵対してしまっては団の存続自体が危うい。
こんな無茶な依頼、受けるはずが無い。
そんな事は、傭兵業に身を置いているコーデリクが分からないはずが無いのだが……。
「それに何故グラベル家を潰そうとしている? お前がお嬢ちゃんに惚れていたとして、殺した本人である魔法使いは潰したんだろ? 義理は果たした筈だ。これ以上深追いする必要がどこにある?」
「必要は無い……そも、俺がレイアに惚れていたかどうかも、今は定かで無い。だが、意地はある……あるいは八つ当たりと言い換えてもいいかもしれない。どうにも、俺の中の何かがグラベル家を潰せと突き動かしているんだ」
その瞳は、静かな決意に燃えていた。
それを見て、ロベルトは悟った。
きっとコーデリク自身も、自分が無茶なことを言っているなんてわかっている。
だが止まれないのだ。
本人にも止められない。復讐の炎に焼かれている。
ロベルトにも、その気持ちは理解できた。
否。
痛いほど共感できてしまった。
きっと彼は、この場でコーデリクに依頼を断られても、一人でグラベル家に立ち向かう。そして、死ぬだろう。呆気なく、あまりにも簡単に。
自分が死ぬこともわかっていて、それでも止まらない。
ロベルトはやりきれない気持になり、手元の酒を飲み干した。
安い火酒が喉を焼き、モヤモヤした気持が多少落ち着くのを感じる。
目の前の男を見た。
見上げるほど大きな男だ。屈強な男だ。そして、歴戦の傭兵だ。
しかしロベルトの目には、目の前の大男が、今にも泣きそうな子供に見えた。
(……違う、コイツは俺だ。戦で祖国を追われ、復讐の炎に捕らわれた俺自身だ)
大きくため息をつく。
何てことだ。結局の所、どんな依頼でも最初からロベルトに選択肢なんてなかった。
何せロベルトは、目の前の不器用な、生きることが下手くそな大男の事が、どうにも気に入ってしまっているのだから。
「……俺の負けだよ不動。いいだろう。その依頼、受けてやる」
◇
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