第32話 深淵の探求

「あぁん……弟子だぁ?」


 セシリアは、その可愛らしい顔を歪ませてロイの言葉を繰り返した。ロイは彼女に対して深く頭を下げたまま続ける。


「そうです。先程の講演を聞いて、是非ともアナタ様の元で学びたいと感じましたので……」


「……さっきの講演を聞いて弟子になりたいと思った? お前……どっか頭のねじでも外れてんじゃないの?」


 頭のねじが外れている……確かにそうかもしれない。


 しかし、今はそんな事は些細な問題であった。ロイは自分の頭が狂っていようが正常だろうが、どちらでも構わないのだが、彼女の反応で気がかりな点があった。


「あの……もしかして、頭のねじが外れていると魔法使いとして大成しにくかったりするのでしょうか? もしそうであっても、私は一生懸命頑張るつもりではいますが……」


 そんな、ズレた事を大まじめに語るロイの姿を見て、セシリアは一瞬変な表情を浮かべた後に、耐えきれないといった風に大口を開けて笑い出した。


「アハハハハッ!! 凄いなお前。長く生きているが、ここまでの阿呆は初めて見た! ……しかし気に入った。ここまで振り切れた奴はなかなかお目にかかれない。それに、見たところ魔法使いに必要な素質は十分に備えていそうだ」


 その言葉にロイは顔を輝かせる。


「……!! それでは!?」


「あぁ、いいだろう。お前をアタシの弟子にしてやるよ! ……だけどアタシは今までに弟子を取ったことが無い。独りよがりな魔法使いだ。誰かを一人前に育てられる自信なんて無いし、素人に一から十まで丁寧に教えてやるつもりも無いよ? それでもいいのかい?」


 ニヤリと意地悪く口角をつり上げるセシリア。


 しかし、その質問は愚問というものだった。


 そんなもの、答えは最初から決まっている。


 ロイは邪気の無い、満面の笑みを浮かべてハキハキと答えた。


「はいっ!! よろしくお願い致します師匠!!」












 大魔法使い ”不動” のセシリア・ガーネット。


 彼女は魔法使いとしては超一流であったが、人の師としての才はほとんど無かったようで、弟子であるロイに対する扱いも酷いものであった。


 しかし、ロイはそんな師に文句の一つも言わず、ひたすら貪欲に魔法に向き合っていた。


 そしてセシリアを驚かせたのは、ロイが魔法使いとして他の追随を許さないほどの、圧倒的な才能を持っていた事だった。


 ロイはセシリアの研究を隣で見ることでその技術を盗み、本棚に雑に並べられている本を読みあさり、夜遅くまで一人で魔法の研究に明け暮れた。


 魔法に対する飽くなき欲求は、時に狂気すら感じられるほどであった。


 セシリアはそんな弟子の様子を、おもしろそうに観察しながらこう言った。


「精が出るなロイ坊。アタシはお前の頭のおかしさが気に入って弟子にしたのだが……、どういうわけか、お前は魔法の天才みたいだ。恐らく、お前があと数十年研鑽を積めば、アタシを超える大魔法使いになれるだろう」


 しかし、そこまで言った時、少しだけセシリアの表情が曇る。


「……だがなロイ坊。前にも言ったが、魔法って技術体系は敗者になることを運命づけられている。特に、お前が人間という貧弱な種族である以上、いつか限界は必ず訪れるだろうさ」


 どこか哀れむような表情を浮かべるセシリアに、しかしロイは、やはり満面の笑みを浮かべて答えるのだった。


「えぇ、師匠。わかっております。そして…… ”だからこそ” 私はこの道を選んだのですよ」








 

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