第28話 肉





 パチパチと楽しげな音を立ててたき火が燃えている。


 周囲に配置された木の棒には、大量に捌いた猪の肉が刺されており、たき火の炎に炙られている。


 ほどよく焼けた肉を手に取り、コーデリクはそれを口いっぱいに頬張った。


 コーデリクは今、魔鉄が拠点としている廃都市から少し離れた場所で一人食事を取っていた。


 彼の隣には、つい先日完成したばかりの新しい装備が並べられている。


 本当なら、この新たな装備を来て鍛錬をしようと思っていたのだが、それを魔鉄に止められていた。


 彼女曰く、コーデリクは慢性的に栄養失調の状態にあるとの事だった。




『前から思っていたんだが……ボウズ、テメェ飯をほとんど喰わねえだろ? 無理をしているつもりは無いんだろうが、子供の頃に貧しい生活を続けていた性か、テメェは自分の食欲に無意識に制限をかけているんだ。そのガタイでそれっぽっちの飯しか喰わねえ筈はねえ。今のテメェは、万年飢餓状態、いつもエネルギーからっからの状態で戦ってた訳だ』




 意識はしていなかった。


 しかし指摘されてみると、どうやらそれは正解らしいと妙に納得できた。


 コーデリクは、満腹まで食事を取ったことが無い。


 それは極貧であった幼少期もそうだし、傭兵となった今でも少量の食料で活動できた方がメリットが大きかったからだ。




『下手なトレーニングはいらねえ。ボウズ、テメェはまず飯を食え。ひたすらに食い続けろ。自分の体を本来のパフォーマンスに戻してやりな』




 魔鉄の言葉を信じ、コーデリクは一人もくもくと肉を喰らっていた。

 今まで食事というモノに興味が無かった。


 否。


 興味が無いと思い込んでいた。


 すでに半日近く、この場所で肉を食べ続けているが、一向に腹が満たされる気配が無い。 


 口内に広がる甘い肉の脂が、野性を感じるワイルドな肉の香りが、彼の食欲を刺激を強く刺激する。


 止まらない。


 もう、止められない。


 焼き上がった肉を次から次へと口に放り込む。


 全身が発熱しているようで、汗が止まらない。


 腹の底から力が沸いてくる。こんな感覚は、生まれて初めての事だった。







 どれだけの時が過ぎただろう?


 気がつくと、用意していた猪一頭分の肉は全て無くなっていた。


 不思議な満足感を感じながら立ち上がる。


 からからに乾いていた全身の細胞にエネルギーが行き渡り、コーデリクはまさに生まれ変わったかのような感覚を覚えていた。


 視覚も聴覚も嗅覚も、全身のあらゆる感覚が解放され、神経は研ぎ澄まされている。


 今まで自分は何も見えていなかった。


 そう感じるほどに視界はクリアだ。


 隣に置いていた新しい装備を装着する。


 食事を取る前は重く感じていた新装備だが、今はまるで羽根のように軽く感じる。


 前の装備よりも深く暗い色をしている新装備には、加工が難しいが抜群の強度を誇る鉱石が使用されているだとか、高度な技術で衝撃を分散させる工夫が施されているとか言っていたが、細かい所はわからなかった。


 ただ一つ言えることは、新たな装備は堅く、きっとあの闇魔法ですら防いでくれるだろうという事だ。


 右手前腕に取り付けた義手も、ようやく馴染んできたように感じる。


「……これで戦える」


 新装備を確かめていると、研ぎ澄まされた聴覚に飛び込んでくる爆発音。


 ハッと振り返ると、廃都市の方面からモクモクと煙が上がっているのが見えたのだった。






◇ 

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