第18話 死神

「下がっていろお前達……巻き添えで殺さぬ自身は無いぞ?」


 死神の言葉に、生き残ったメンバーは素直に彼の背後に下がる。この男ならば躊躇無く味方を殺してしまえるだろうと、根拠の無い確信があったのだ。


 砂埃の目隠しが晴れた。


 前に出てきた死神の姿を見て、コーデリクは山賊刀を構えて一気に距離を詰める。


 モーニングスターを投げ捨てたコーデリクの攻撃範囲は狭い。相手と距離を取るという選択肢は無かった。


 愚直に突っ込んでくるコーデリクに対して、死神は冷静に魔法を展開する。


 右手を真っ直ぐにつきだし、掌でコーデリクに狙いを定める。彼の右手には全ての指に異形の指輪がはまっており、指輪にはそれぞれ異なる色に輝く宝石がはめ込まれていた。


「”炎よ”」


 簡略化した魔法詠唱。呼応して、右手人差し指にはまっている指輪の、紅色の宝石がキラリと輝いた。


 死神の掌から灼熱の炎が生み出された。


 大気をチリチリと焦がすほどの業火は、掌の数センチの空中に収束し、その密度を限りなく高めた拳大の火球となってゆく。


 十分な殺傷能力を秘めたソレを、愚直に突進してくるコーデリクに向けて射出した。


 全身を鉄の鎧で固めていようが、鎧ごと粉砕する程度の威力があるその魔法。死神は両手に装備した20の指輪を触媒とすることで、魔法の威力を桁外れに底上げしている。


 飛来した火球を、コーデリクは右手に持った巨大な盾で防御した。


 盾と火球の衝突する轟音。そのあまりの衝撃に、コーデリクの巨体が吹き飛んだ。


 全ての鎧を装着したコーデリクの体重は並ではない。宙を舞いながら、生まれて初めての感覚に驚愕しながら、冷静に体勢を立て直し速やかに着地をした。


 チラリと盾を見ると、わずかに焦げついてはいるものの破損は見られない。魔鉄の技術は完璧だった。


 そんなコーデリクを見て、死神は彼に対する認識を改めた。


 魔法使いで無い相手に、今の魔法を正面から防がれたのは初めての経験だった。彼の装備と彼自身の怪力は、十分警戒に値する。


 故に追撃の手は緩めない。


「”雷よ”」


 詠唱に呼応して、右手中指にはめられている黄色の宝石が輝き出す。


 魔力によって生み出された偽りの雷がコーデリクに襲いかかった。


 反射的に盾を構えるコーデリク。その様子を見て、死神は勝利を確信する。


 盾に着弾した魔法の雷は、バリバリと音を立てて鉄の盾を伝い、そのまま板金鎧へと通電する。


 コーデリクの絶叫と供に、肉の焦げる臭いが辺りに漂った。


 背後で人質の娘の泣き叫ぶ声が聞こえる。


 死神は満足げにニヤリと口角を上げた。


「くだらんな。いかに強靱な肉体を持っていたとて、所詮は非魔法使い……お前と私とでは生物としてのステージが違うのだ」


 さて、手下の数は減ってしまったが任務は遂行しなくてはならない。


 くるりと身を翻し、手下達と人質の娘に向き直る。


 しかしどうにも娘の叫び声が耳障りだ。口に布でも詰めてしまおうか? そう考えていると、何やら手下の一人が死神の背後に視線を向けて、驚愕したような表情を浮かべた。


 何かを感じ取ってサッと背後を振り返る。


 視界いっぱいに広がるは、血のこびりついたトゲ付きの鉄球……。


 死神の華奢な体は、音も無く飛来したモーニングスターの鉄球により吹き飛ばされた。宙を飛び、その体は近くの木の幹に叩きつけられる。


 凄まじい威力。


 魔法使いとしての実力があるとはいえ、鍛え上げられた戦士ではない死神にとって、その一撃は致命傷になっただろう。


「……あぶなかった。さらなる追撃があったら俺の命は無かっただろう」


 モーニングスターを握り締めたコーデリクがゆっくりと立ち上がった。


 鎧からはプスプスと煙が上がっており、雷の魔法は間違いなく効いている事がわかる。そんなコーデリクの姿を見て、残ったケルベロスのメンバーは何か諦めたようにポツリと呟く。


「……この化け物が」




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