第13話 刺客


 ”世界最高の魔法使い”


 他の魔法使いから畏怖を込めてそう称される男、名門グラベル家当主、ロイ・グラベル。しかし、彼自身はその称号を嫌っていた。


 魔法とは、そも不完全な技術だ。


 生まれた瞬間より強大な魔力を身に宿す魔族の特権である ”魔術”、他の種族の前にめったに現れない、森の民の秘奥である ”精霊術”。


 人間には決して到達することの出来ない神秘の最奥。


 種族的に劣る人間達が、それでも神秘の最奥に至りたくて、独自に作り上げた紛い物の術式、それが ”魔法”だ。


 確かに魔法は強大な力だ。しかしそれは本物ではない。


 地を這う虫が空飛ぶ鳥に憧れるように、人間という数しか取り柄の無い劣等種が、愚かにも作り上げた不細工な技術。


 前提から間違えている紛い物、そんな不細工な技術をいくら極めたとて神秘の最奥には至れない……。


 そして、天才であるロイ・グラベルにはその事実が許せなかった。


 だから考えたのだ。


 ”前提から間違えているなら、1から新しい技術体系を作ってしまえば良い”と。


 そのための手段は選ばない。


 どんな悪質な手を使ってでも、その後に完成するであろう新しい技術体系は、人類に考えられないほどの繁栄を与えるだろう。


「しかし、人間の寿命というのはどうしてこうも短い……、私ほどの才を持ちながら、新しい技術体系の基礎中の基礎を整えるだけで40年もかかってしまった」


 自室のゆったりとした椅子に座りながら、ロイは鏡で自分の顔を見る。


 新しい技術体系を作ると決心した頃の若々しい顔と比べ、ずいぶんを顔のしわが増えた。


 自分が死ぬまでに新しい技術は完成しないかもしれない。しかし幸運な事に、彼の息子もまた彼に匹敵する才を持って生まれてきた。


 自分が為し得なくても、きっと息子が研究を完成させてくれるだろう。


 部屋の扉を静かにノックする音が聞こえた。ロイは良く通る太い声で入室の許可を出す。入ってきたのは息子のローガンであった。


「父上、一つ報告がございます」


 少し緊張した面持ちのローガンに、ロイは厄介事の予感を感じた。


「何があった?」


「例の脱走した娘ですが……どうやら追っ手に出した兵達が返り討ちにあったようでして」


「…………ほう」


 追っ手に出したのはグラベル家の私兵だ。


 訓練を受けさせてはいるものの、特段腕が立つと言うわけでは無い。だがら返り討ちに遭ったという報告に驚きは無いのだが……。


「捨てられた貴族の娘にそんな力があるとは思えん。誰にやられた?」


「はい、どうやら娘は流れ者の傭兵に護衛を依頼したようです」


 傭兵……世間知らずの娘が上手く立ち回ったものだ。


「そこで父上に、”ケルベロス”の出動を許可していただきたく……」


 “ケルベロス”


 グラベル家のかかえる私兵の中でも戦闘、暗殺に特化した特殊部隊。そこいらの傭兵など相手にならないだろう。


 しかしロイは首を横にふった。


「いや……ケルベロスの指揮官に ”死神”を使え」


「え? ……いや、それは………どうなのでしょうか。あの娘にそれほどの価値が?」


 動揺するローガン。


 ”死神” とは、グラベル親子の生み出した最高傑作。戦闘用に特化した ”人工魔法使い”である。


「勘違いするな、娘にそこまでの価値は無い。問題は、グラベル家が傭兵ごときに後れを取ったと侮られる事だ……娘は殺してもかまわん。死神を使い、確実に始末せよ」


「……かしこまりました。父上のお心のままに」





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