第11話 魔鉄

「あぁ、よく寝た……ボウズ、まさかずっと此処にいたのかい?」


 呆れたような魔鉄の問いに、コーデリクは静かに頷く。


 彼女が起きたのは、あれから2日立った昼の事だった。


 この辺りには危険なモンスターは生息していないとはいえ、此処は山の中、野性の獣はいるだろうし、盗賊の類いが出ないとも限らない。コーデリクは何も言わず、あたりまえのように寝ずの見張り番をしていたのだった。


 それを察したのだろう、魔鉄は珍しく、気まずそうな表情を浮かべて頭の後ろをボリボリと掻いた。


「あー、迷惑かけちまったみてぇだな。すまねえ、アタシは鍛冶仕事になると周りがみえねえくらい熱中しちまうんだ」


「気にするな、それにしても凄い迫力だった……」


「そうかい? まぁ、迷惑掛けちまったお詫びついでに一つプレゼントだ」


 そして魔鉄はニヤリと嬉しそうに笑うと、足下にあった先日彼女が鍛え上げた板金鎧の兜を持ち上げ、ヒョイとコーデリクに放り投げた。


 キャッチしたコーデリクは、その兜の見た目以上の重量に驚く。こんな重量のある物体を軽々と投げた魔鉄の筋力は、コーデリクほどでは無いにしても凄まじいものがある。


 そして、次の瞬間彼女が放った一言は、コーデリクを驚愕させた。


「アタシが鍛えた装備一式をくれてやるよ」


「…………!?」


 言葉が出ない。


 村には鍛冶職人も戦士もいない。しかし、鎧がどれだけ高価なものかということくらいは知っている。


 街で普通に売っている、安ものの装備ですら、こんな辺境の農家にとっては目玉が飛び出るほどの値段だ。


 手元に視線を落とす。鎧自体が光を放っているかと錯覚するような完成度と、ズシリと掌にのしかかる重量……こんな鎧、コーデリクが一生働いても払いきれないほどの金額になるだろう。


「……俺にそんな金は」


「くれてやるって言ったろ? 金はいらねえよ……ただ一つだけ、条件がある」


「条件?」


 魔鉄の右目がギラリと妖しい光を放つ。


「その鎧は生半可な武器や魔法は決して通さない。しかし、その重量は人の身にあまるほど圧倒的だ」


 一呼吸置き、彼女はカッと眼を見ひらいた。


「ボウズ、アタシは自分の鍛えた鎧がどこまで世界に通用するのか見てみたい……。神が気まぐれに与えたボウズのその膂力で、桁外れな肉体で、鉄を纏った戦士になるんだ……鉄で、世界を穿ってくれ!!」


 狂気に満ちた瞳、正気とは思えない妄言。


 しかしコーデリクは、彼女の言葉を一笑に付す事ができなかった。


 ジッと手元の兜を見下ろす。


 鍛え上げられた強靱な鉄が、まるで彼を歓迎しているかのように見える。


「今差し出された手を取るか、取らないかはボウズ次第だ。この鎧を受け取らず、今まで通りの生活を送るという選択もある……お前が望むのならな」


 今まで通りの選択。


 脳裏に過ぎる「化け物」という言葉、孤独な自分、母親の泣き顔……。


「……この鎧、俺が貰います」


 躊躇など無かった。


 その答えに魔鉄は狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「”世界を穿て”、鉄の戦士。アタシはボウズの活躍を楽しみにしているよ」





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