第10話 魔鉄

 カツン

 カツン

 カツン


 コーデリクは無心でツルハシを振るう。地面に向けてクワを振るう毎日とあまり変わらぬ作業、唯一の違いは、隣に一緒に作業をしている人がいる所か。


「そろそろ休憩にするかボウズ」


 隣で一緒にツルハシを振るっていた鍛冶職人の女が声を掛けてきた。鉱石の採掘はかなりの力がいる。女人の身でありながら彼女の筋力は凄まじいものがあったが、見ると額には大量の汗が浮かんでいた。


 ツルハシを振るう手を止めると、コーデリクは無言で頷く。こんな重労働の中、コーデリクは汗一つかいていなかった。


 彼女は自身の事を ”魔鉄”と名乗った。本名を名乗る気は無いらしい。


 魔鉄はちょうど良い高さの切り株に腰掛けると、竹筒の水筒の蓋を開け、ゴクゴクと中身を飲む。チラリと立ったままのコーデリクを見上げ、水筒から口を離した。


「なんだ? ボウズは何も持ってきてないのか?」


 魔鉄の問いに、コーデリクはコクリと頷く。コーデリクは特に何も持ってきてはいなかった。


 何時ものことだ。


 コーデリクは、普段の畑仕事の最中に一切休憩を取ることがない。否、休憩をとる必要がないのだ。


 彼の非常識な体力は、畑仕事程度、一日中行っても疲労することがない。食事や給水もこまめにする必要が無く、最低限の食事や水分を一日に一度とるだけだった。


 そのことを伝えると、魔鉄はポカンと口を開けたのち、くっくっくと楽しそうに笑い出す。


「くくっ……なんだそれ? ボウズ、初めて見た時から思ってたけど、お前デタラメな体してんな」


「そうか? ……いや、そうだろうな。俺の体が異常な事くらい知っているさ」


「……ふんっ、達観したみたいな面しやがって。うざってぇな」


 チッ、と舌打ちをして、魔鉄は飲みかけの竹筒水筒をコーデリクに向けて放り投げた。


 反射的にソレをキャッチするコーデリク。魔鉄の投げ方が絶妙だったのか、筒の中身はこぼれていないようだ。


「飲めよボウズ。いくら桁外れの肉体を持ってようが、そんな無茶な働き方をすれば体にダメージが溜まる・・・・・・せっかく馬鹿見てぇに強靱な肉体が、そんな事で弱っちまったらもったいねえだろ? 水くらい飲んどけ」


 言いたいことは色々あった。


 しかし、彼女の言うようにこんな桁外れな肉体を持っている自分が、体の事を心配されたのは初めてで、コーデリクは少し不思議な感覚を覚えながら無言で頷いたのだった。


 竹筒の中身をゆっくりと飲む。ただの水ではないのか、その液体は口の中でふわりと甘酸っぱく香り、乾いた体にしみていくようだった。


「覚えておけボウズ。無茶するタイミングは慎重に選ぶんだ。そんなつまんねえ、どうでも良いことで体を酷使するんじゃねえよ」






 



 それからしばらくの日々を、コーデリクは魔鉄と二人で山にこもって採掘をして過ごした。家の畑の仕事は、恐らく魔鉄が手を回してくれたのだろうが、隣にすんでいる爺さんがやってくれているようだ。


 そのことをコーデリクが爺さんに尋ねると、何故か爺さんは視線を外して気まずそうに「報酬は貰ってる」とだけ答えたのだった。


 何日目かの採掘の日、休憩中にコーデリクは魔鉄に尋ねた。


「隣の爺さんに畑仕事の報酬を払っているそうだが・・・・・・」


「ん? あぁ、そうだ。アタシはボウズの畑仕事の時間を奪ってるからな、その分のフォローをするのはあたりまえだろ?」


「・・・・・・そこまでするなら最初から報酬を提示して、採掘ができる者を募れば良い。タイミング的に暇な者も幾人かはいたはずだ」


 採掘は力仕事だが、別に特別な技術がいる仕事でもない。わざわざコーデリクにこだわる必要は無いはずなのだ。


「時間はかかるが、別に採掘はアタシ一人でも可能だ。今までの旅先でもそうしてきた」


「では何故?」


 コーデリクの問いに、魔窟はニヤリとニヒルに笑った。


「今回はいつもより多めに採掘する必要があったからさ・・・・・・なに、理由はすぐにわかる」


 そして彼女は、それ以上は教えてくれなかった。


 さらに何日か採掘を繰り返し、やがて満足のいく量の鉱石が取れたのか、ある日彼女は、山の中の何時もの場所に、手製の竈のようなものを作り出した。


 やってきたコーデリクの助けもあり、ソレは完成する。


 ソレは所謂鍛冶道具。


 パチパチと炎のはぜる大きな竈に、彼女のもってきた金床と鉄のハンマー。


「さぁて、ここからが放浪の鍛冶職人、”魔鉄”様の大仕事だ!」


 豪快にそう言い放った彼女は、集めた大量の鉱石を竈に放り込んだ。






 カーン、カーンと一定のリズムで鉄を打つ音が聞こえる。


 魔鉄は大玉の汗を流し、顔を真っ赤にしながらも、一切リズムを乱す事無く、力強く鉄を打ち続ける。


 村に鍛冶職人はいなかった。だからコーデリクが鍛冶仕事を見るのはこれが初めてだったのだが、そのあまりの迫力に圧倒されていた。


 別にそばで見ていろと言われた訳では無い。本来であれば、仕事が無いのなら村に戻って畑仕事をやるべきだった。


 しかし動けなかった。


 彼女の圧倒的な仕事ぶりに魅了され、コーデリクの巨体はその場に釘付けにされていた。


 それは、生まれて初めての感情だった。









「・・・・・・完成だ」


 どれだけの時間が過ぎただろう。


 気がつくと、魔鉄はその鉄のハンマーを手放していた。


 彼女は隣に置いてあった竹筒を手に取ると中身を一気に飲み干し、精根尽き果てたとばかりに地面に倒れた。


 コーデリクが慌てて近寄ると、豪快ないびきが聞こえてくる。どうやら疲れ果てて寝てしまったようだ。


 周囲には彼女の作り上げた作品が置かれている。


 大量の鉱石を贅沢に使用して作り上げた無骨な板金鎧。


 見事な出来だった。


 そのパーツの一つ一つが、まるでキラキラと輝きを発しているかのように感じるほどに。


「・・・・・・しかし、この鎧の大きさ、普通のサイズじゃないぞ?」


 ポツリと呟いたコーデリクの疑問に答える者は誰もおらず、その言葉は森の木々に吸われて消えてゆくのだった。




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