第8話 夜
シンと静まりかえった闇夜。
控えめに光る三日月のみが平野を照らしている。
荒れた平野にポツリと立った山小屋の、ボロボロの窓から見えるは暖かな暖炉の赤色。
その明かりにつられてか、静かで平和な山小屋へ、招かねざる客がやってきたようだった。 音も立てずにやってくるは、汚れた身なりをした4人の賊。彼らはここら一体を縄張りとしており、誰もいない山小屋を餌にして、小屋で休む旅人を襲って生計を立てているのだ。
昼間にちらりと偵察した限りだと、今宵の餌は男と女の二人。
男の方は武装しており、さらに見たことも無いほど大きな背丈をしていたが、夜襲に慣れた賊達にかかれば問題は無かった。
彼らの襲撃の腕は確かで、前にこの山小屋にやってきた6人組の武装した旅人達を4人で皆殺しにしたこともあった。
先頭に立つ男が、山小屋の窓からそっと中を覗き込む。
二人組ということは、交互に見張りを立てているだろう。できれば女が見張りに起きている時に襲撃を立てたい。時間はたっぷりあるのだから。
しかし中を覗き込んだ賊は、奇妙な事に気がついた。
小屋の中では、暖炉がパチパチと音を立てて燃えているのだが人の姿が見えない。どこにいったのかと思考を巡らせた瞬間、背後でグシャリという湿った音が響いた。
サッと機敏な動きで振り返り、同時に腰の武器を引き抜いて構える。賊の目の前には視界を覆い尽くす巨大な鉄の塊。
弱い月光に照らされたソレは、全身に分厚い板金鎧を身に付けた重戦士だった。
隣に控えていた二人の仲間がゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。
よく見ると、重戦士の足下には血だらけになった最後尾の仲間の死体が転がっていた。戦士の右手に装備された巨大な盾からは血が滴っている。
恐らくあの巨大な盾で仲間を叩きつぶしたのだろう。
しかしあんな巨大な戦士がここまで接近してきて気がつかないなんて異常な事態だった。
兜のスリットから覗く戦士の冷徹な視線が、賊達を根定めするかのように左右に動いた。
人数の上では3対1、まだ賊達の方が有利だ。
しかし全身を金属製の鎧で完全武装した相手に、賊達の装備は何とも頼りないものだった。 賊のリーダー格の男が、冷静に状況判断をして仲間に指示をだす。
「一旦逃げるぞ! 相手は金属鎧……動きは遅え!」
近くに馬もいた筈だが、こちらには地の利もある。
馬が通れない道を通って逃げれば相手は追いつけないだろう。
彼の判断は正しい。
鎧の防御を貫通する手段が無いこの状況で、逃げの一手は限りなく正解に近いといっていいだろう。
そう、
あくまでも相手が尋常な存在であったの話なのだが……。
賊達が逃げの体勢をつくるその一瞬前に、重戦士は動いた。
超重量の全身鎧をつけているとは思えないほどの敏捷性で一気に距離を詰めると、手前にいた一人に向かって無造作に左手の剣を振るう。
肉厚の刃は、かろうじて攻撃を受け止めようと前に突き出された粗末な両刃剣ごと賊の体を、上下真っ二つに両断する。
剣の理もクソも無い。
ただデタラメな怪力に任せた圧倒的な殺傷能力。
故に対策など無く、賊達はただ蹂躙されていく。
その現実離れした光景に、リーダー格の男は大声で叫んだ
「ちくしょう……この ”化け物” がぁあ!!!」
「……終わったの?」
戦闘音が聞こえなくなり、物陰に隠れていたレイアが恐る恐るといった風に近寄ってきた。
鼻を突く血の鉄臭さ。幸か不幸か、闇夜に隠れてその惨劇はモザイクがかかったように鮮明には見えなかった。
振り返ったコーデリクがゆっくりと兜を取る。
先程4人を相手取ったにしては息も乱れておらず、額には汗一つ浮かんでいないようだった。
「最初からハードな所を見せてしまったな……まあ、これが現実だ。旅人がまず最も気を付けなくてはいけないのは、自然でも野性の獣でも無く……人間なんだよ」
コーデリクは小屋に入った瞬間に罠に気がついていた。
旅人が山小屋として利用する目的で作られたにしては、中に道具が少なすぎる。かといって、長く放置された捨てられた小屋だというには、降り積もった埃が見当たらなかった。
気がついた段階でこの小屋を無視しても良かったのだが、野営をするにしても賊達の縄張りがどこの範囲までを網羅しているのか分からない以上、小屋で迎え撃った方が安全に立ち回れると判断をしたのだった。
戦闘自体は問題がなかった。
コーデリクの鉄壁の防御に対して、彼らの装備はあまりに貧弱であったのだから。
しかし、コーデリクの脳内に賊の最後の言葉が嫌に残っている。
”化け物”
ギリリと奥歯を噛みしめた。
その言葉は、まるで呪いのようにコーデリクのトラウマをジワジワを刺激していく。
不快だった。
取るに足らない事だと頭では理解している。
しかし、どうしようもなく最低なこの気分だけは押さえられなかった。
不意に、コーデリクの巨体を近寄ってきたレイアがギュッと抱きしめる。
困惑するコーデリク。一体どうしたというのだろうか。
そんな彼に、ソッと顔を上げたレイアは優しげな声で呟いた。
「大丈夫ですか? 今のアナタ、凄く悲しそうな顔をしている」
「……問題ない。殺し合いには慣れている」
「慣れているからって、それが大丈夫だとは限らないですよ」
なんともやりずらかった。誰かに優しく抱きしめられるなんて、親にさえされたことが無いというのに……。
そんなコーデリクの気持ちを知ってかしらずか、レイアはニコリと微笑んだ。
「私には戦う事はできません……でも、泣きそうな人を抱きしめてあげることくらいはできるんですよ?」
その時、分厚い雲の隙間から一筋の月光が差し込んだ。
たよりない銀色のスポットライトを受け、照らされる彼女の顔を見て、コーデリクは、ただ ”美しい” と、そう思ったのだった。
◇
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