報道4 誰よりも、会いたかったんです。

「ジュン?なにしてるの。移動しなきゃだよ」


ほかの声も耳に入らないほど聴き惚れる僕の腕をジウさんは不思議そうに掴むと、席まで誘導してくれる。



「~♪ 僕の声だけは誰にも届かない どんなに力いっぱい歌っても たとえ仲間を求めて泣き叫んでも 誰にも僕の声は聞こえないんだ」



諦めたように沈んだ歌声のソロが続くなか、周りのメンバーはローブの人物に気が付いていないかのように優雅に踊り続けていた。



「~♪ このまま永遠に独りならば いっそ沈んでしまおうかと目を閉じた」



藍のライトがさらに暗くなり、彼らの体の輪郭すら曖昧になっていく。



「~♪ だけど急に目の前が明るく光って 僕は水面へと引き上げられたんだ」



希望的な曲調へ変わったかと思うと、ローブの人物だけが煌々と真っ白なライトに包まれた。


嬉しさの溢れる歌声と共に、ゆっくりとローブが滑り落ちていく。




「~♪ 初めて僕の鼓膜が震えたんだ それはきっと僕にしか聴こえない声 柄にもなく急いだよ 絶対にキミを摑まえたくて」




彼女の姿がライトに照らし出された瞬間、自分を含めたスタジオにいる全員が息を吞むのがはっきりと分かった。




しっとりと黒く艶のある長い髪が、細く華奢な肩を滑り落ちる。


雪のように白く透き通った手足は細く長くしなやかに伸びて、その存在感を強く印象付けた。


笑顔の広がった小さな顔には、意志の強そうな大きな瞳が――。




「亜未…?」


思わず口から零れた名前は、もう2度と呼ぶことはできないと思っていた人の名前。


会いたくて、会いたくて。


でももう会うことはできないかもしれないと、諦めかけていた。


誰よりも――愛しい人。



「~♪ whale 52hertz その名前は ずっと孤独の象徴だった でもキミと出会ったいまは違う これは希望の名前なんだ」



先程まで聴き惚れていた歌声も最早耳に入らず、早くステージが終わらないかと、そればかりが頭のなかを占めていった。






「――ありがとうございました!」


大きな拍手とファンの歓声にハッと意識を戻すと、彼女はメンバーと共にファンに何度も頭を下げながら、ステージ袖へと下がっていく。




「――Whale taiLの皆さん、ありがとうございました。…デビューステージとは思えない、圧巻のステージでしたね」


「いや~、すごかったね。ローブの子は女の子だよね?」


女性アナウンサーの言葉に、男性司会者が感嘆の声を上げた。


「そうですね、女性の方でした」


頷く彼女と彼の、場を繋ぐ会話にさえ焦燥感を煽られる。


「最後のメンバーって女の子だったんだねぇ。歌もダンスもずいぶん上手かったね~」


「とてもお上手でしたね。…sleeKの皆さんはアイドルでありながら歌とダンスにも定評がありますが、皆さんから見ていかがでしたでしょうか」


「いや~、とてもレベルが高いですね。僕らも負けられないなと、いい刺激になりました」


「特にローブの子、歌もダンスも表現力がすごかったですよね!今回の曲はダンスパートが少なかったので、これからもっと見てみたいです」


ノゾムさんの優等生な回答に、ジウさんが少し興奮気味に付け足した。


もともと話はノゾムさんがメインでジウさんが補佐、という感じの役割分担ということもあり、僕がコメントしないことについて触れられることもなく会話が進んでいく。



「今後が楽しみですね。…あ、皆さんが戻ってこられたようですよ」


彼女の視線の先を辿ると、そこには間違いなく待ち望んだ人物が――。



「……っ!!」


思わず名前を大声で呼び、彼女をこの場で強く抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。


けれど僕らはアイドルで、いまは生放送の最中だ。


一時の感情に任せてそんなことをしてしまったら、自分だけではなく彼女にも、そのメンバーにも、そして自分のメンバーにも迷惑がかかってしまう。



「Whale taiLの皆さん、お疲れ様でした。こちらへお願いします」


女性アナウンサーに促され、僕たちの前の席に座っていく彼ら。


5人組の真ん中に並ぶ彼女は、僕の斜め前に座ろうとしている。



少し手を伸ばせば…――触れてしまえる距離。


押さえつけるように、強く自分の腕を握り締めた。






――そこからはとにかく早く収録が終わらないかと、そればかりが頭のなかを埋め尽くし、自分たちのステージすらもほとんど記憶にない。


そして収録が終わったのと同時に、メンバーを置いて彼女のもとへとひた走ったのだった。

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