報道5  耐えられないと、思っていました。

◇◇◇






――最後にフードを鼻先まで被せられると、急に周りの音が遠ざかったように感じた。


自分の浅い呼吸と鼓動の音だけが騒がしく聞こえる、居心地の悪い空間に放り出されたような気分。


小さくなった私の視界には、足先まで隠れる長い長いローブを不安げに握る、青白い自分の手だけが映っている。


その手も、捲られていたローブの袖を伸ばされ見えなくなった。


近くにメンバーがいるのかさえも分からず、不安と緊張で目の前が真っ白になっていく。



「…アミ?大丈夫か?」


温かい手が、遠慮がちに肩へと添えられた。


俯いている自分の顔を覗き込む心配そうな顔が、滲んだ視界にぼんやりと映り込む。



「うん…。だいじょうぶ……」


ローブのなかで力なく微笑む私に、相手の顔がますます歪んでいくのが分かった。


「つらいなら無理しなくても――」


反対側の手が私の頬に伸ばされるのと同時に、うしろから慣れ親しんだ衝撃と声が届く。


「アミ!…大丈夫?身体冷えてるよ」


勢いよく抱き着いてきたテルが、私の肩に顎を預けながら続けた。


「俺があっためてあげるね!」


昔のように少し強めに抱き締めてくるテルの悪戯っぽい笑みが目に浮かび、自然と気分が落ち着いていく。


そして明瞭になってきた狭い視界のなかに映る人物は、自他共に認める均衡のとれた顔を不服そうに歪ませていた。


「テル…あんまりアミにくっつくなって、いつも――」


「聞こえなーい!」


私の肩に添えられた手がピクリと動き、先程とは違った緊張感が自分のなかに走る。


「ジンさん!あの…テルは私を落ち着かせようとしてくれてるから…。怒らないでほしいな…って…」


控えめながら焦った私の主張に、ジンさんの顔には複雑な表情が刻まれた。



「アミ、そんなに握っていると衣装が皺になるぞ」


「あ…ごめんなさい…」


まだ握り締めたままだった私の手を、カナムさんが優しく開かせてくれる。


「まだ少し手が冷たいな。なにか温かいものでも飲むか?」


「い、いえ!もうマイクも付けてもらったので…!」


デビューステージとなる生放送を目前に、もう最後の仕上げまで終わっていた。


もうじきに、ステージへと向かわなくてはならない。


そう考えると、また手先から血の気が引いていく気がした。


「アミ、大丈夫?…そうだ!俺が手を繋いで引っ張って行ってあげるよ!そしたら少しは怖くなくなるでしょ?」


そう言って、空いているほうの手をしっかりと握ってくれる。


「…そうだな。フードで視界も狭くて危ないし、手を引いてもらうのはいいアイデアだ。テル、アミのことを任せてもいいか?」


「もちろんだよ!ねっ、アミ!」


覗き込んでくれたテルの笑顔に、キュッと手を握り返した。


「…うん。よろしくね、テル」


緊張や不安がなくなったわけじゃない。


でも、みんなのためにも、自分のためにも――頑張らなくちゃ。



「Whale taiLの皆さん、お願いしまーす!」


その声を合図に、テルに手を引かれステージへと歩き出した。


ローブに覆われた足先は動かしづらくて、テルやみんなの足の速さに置いて行かれそうになる。


「テル、ごめんもう少し――…っ!」


もう少しゆっくり歩いてほしい、と伝えようとしたそのとき、ローブの裾を思いっきり踏んでしまい、勢いよく前につんのめった。


向かいのステージでは、もうすでに生放送が始まっている。


ここで大きな音を立てるわけには――!



「…おい、テル。もう少しゆっくり歩いてやれ」


耳元から聞こえる耳障りのいい中低音は、間違いなくユウさんの声で。


転ばないよう、うしろから抱きかかえるようにお腹に回された手も…。


「えっ、アミ!?ごめん、気が付かなくて!怪我してない?」


「声。音量下げろ。…ったく。アミ、怪我してないか?」


慌てて駆け寄ってくるテルに、ユウさんが静かに怒った。


「は、はい。ありがとうございます…」


私の体勢が立て直したのを確認すると、ユウさんはそのまま自分の立ち位置へと行ってしまう。


対照的に私の横でまだアワアワと心配そうにしているテルを見たら、なんだか笑えてしまって。


くすりと笑ったら、急に緊張も解けてきた。



――とにかく、ステージを楽しもう!



驚くほど軽くなった身体でテルの手を掴むと、みんなの待つステージ中央まで一緒に走って行った。

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