60話 だらだらおしゃべりするのも楽しい

「そういうわけで、今日もお電話させていただきました」

「待ってた」


 夜。俺は自分の部屋で布団にあぐらをかいていた。


 五十鈴の修学旅行は三日目。明日には長野に帰ってくる。

 昨日も夜に十分ほど話して、今日もしっかりかけてきてくれた。


「今日はどういうスケジュールだったんだ?」

「扇子作りと水族館です」

「扇子か。似合いそうだ」

「帰ったらあおいであげますよ」

「寒いから遠慮しとく」

「ふふふ」

「――って言うと余計にやりたくなるんだろ?」

「あっ……もう、わたしのセリフを取らないでください」

「早いうちの反撃もあるのだ」

「くっ、なかなか会話が上手くなってきましたね。わたしの時だけ」

「最後の一言は余計だぞ」


 水野さんとかと話すと会話がド下手になるのは事実だが。


「水族館か。俺、ほとんど行ったことないんだよな」

「長野県民と言えば、子供の頃に新潟の水族館に行くものだと思っていましたが」

「そんな常識はない」

「先輩が野球に夢中だったせいでは? きっと大多数は行っているはずです」

「それは言い過ぎだろう。今度、守屋に訊いてみるか」

「野球部以外じゃないとフェアじゃないです。小学校時代から熱心に野球をやっていたなら行っている確率は下がりますからね」

「すると、質問できる相手がいないな」

「わかってます」

「おい、サラッと言うな」

「動かしがたい事実なので」


 悲しいなあ。……でも、一緒に焼きそばを作った松田君に話しかけられたらあるいは? いや、やっぱり怖い。


「ですが、先輩も去年はこちらの水族館に来ているはずです。修学旅行では外せないルートですから」

「あー、一応行ったかな」

「好きな魚は?」

「サンマ」


 五十鈴が「くふっ」と噴き出す音がした。


「水族館の話をしているんですから、そこで見られる魚を答えてほしいんですけど?」

「そ、そうか」


 確かにズレた返事だった。


「あんまり覚えてないな。写真も撮らなかったし……」

「彼女がわたしじゃなかったらつまらない男と言われてしまいますよ」

「す、すまん。えっと、エイはちゃんと覚えてるかな?」

「ほほう。ジンベイザメと答えなかったことは評価してあげましょう」

「急に上からだな」

「一番印象に残るのはジンベイザメですからね。それでごまかしてくるのかと」

「確か、ジンベイザメとエイは同じ水槽だったはずだ。どっちもでかくてびっくりしたよ」

「背中に乗って泳ぎたいですね」

「エイは毒があるんじゃなかったか?」

「またそうやって夢を壊す~」

「真面目だから」

「真面目を武器にしてくるとは……」


 こうやって何気ないことをだらだらしゃべるのも楽しいな。余裕のある時間。昔の俺にはまったくなかったものだ。


「体はどうだ? 三日目だし疲れも出てくる頃だろう」

「今は落ち着いています。鈴見先生や古野さんも気をつかってくださるので安心して行動できます」

「旅行前に友達ができてほんとによかったな」

「絵を描いた意味がありました」

「そっちでスケッチとかしないのか?」

「ホテルの窓からしています。浜辺とか岩場とか。古野さんと一緒に描いているんです」


 完全に意気投合している。


「今日は一番高いホテルなんですよ」

「ああ、そういえば一日だけ高級ホテルに泊まった日があった気がする」

「旅行費で一番お金をかけているところなんですって」

「贅沢だよな」

「わたしは懐かしい感じがしました。金沢に行った時、こういうホテルに泊まったなあ……なんて」

「金持ちらしい感想だ」

「その言い方、大河原さんに聞かれたら怒られますよ? きさまっ、みたいな」

「あ、今のよかった。もう一回言ってくれ」

「え、ええ? どれですか?」

「「貴様っ」ってやつ。すごくかわいかった」

「い、嫌です……」

「どうして」

「意識して言うのは恥ずかしいじゃないですか……」

「そっか。悶えるくらいよかったんだけど」

「あぅ、そういう褒められ方は慣れていません……」


 微妙に間が挟まった。


「い、言えばいいんですね?」

「いいのか?」

「はい。いきますよ。――き、きさまっ」

「あ~」


 俺は布団に倒れ込んだ。かわいい。かわいすぎる。


「最高。今夜はいい夢が見られそうだ」

「は、恥ずかしいぃ……」

「勇気を出してくれてありがとう」

「ま、まあ、先輩が喜んでくださったのならいいですけど……」


 ふう、と五十鈴の息を吐く音。話し疲れたかな?


「そろそろ十時だ。続きは次回だな」

「そうしましょう。明日は疲れてお電話できないかもしれませんけど」

「いいよ。無事に帰ってきてくれ」

「はい。それではまた」

「おやすみ」


 おやすみなさい、とつぶやいて、五十鈴が電話を切った。


 俺の胸は満たされていた。

 五十鈴と話すと元気になれる。たとえ内容がないものであろうと関係ない。

 こういう時間を楽しめるって最高じゃないか?

 かつては空いた時間を無駄だと思っていた俺。

 今は、この時間がなによりも大切だ。

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