59話 電話で五十鈴に勝てるわけない

「はあ……」

「ダメージ食らいすぎだろ」


 週の真ん中。俺は教室でため息をついていた。

 五十鈴たち二年生は修学旅行に行ってしまったため、学校にはいない。

 大丈夫だと宣言した俺だったが、やっぱりさみしかった。

 電話すればいいとはいえ、五十鈴の顔が見られないのはつらい。


「彼女に依存しすぎると色々ヤバいぞ?」

「わかってるさ。でも、マジでさみしいんだ」


 守屋がなにかと声をかけてくれるのがありがたい。おかげで気を紛らわせることができている。


「ほら、昼飯食おうぜ」

「ああ……」


 俺の机を使って、二人で弁当を広げる。久しぶりに母さんの弁当だ。


「なんか、こうするのも久々だよな。お前らが一緒に弁当食べるようになった頃も、ちょくちょく俺らで食べることあったじゃん」

「二学期になってから五十鈴があんまり休まなくなったせいだろうな。調子悪い時は保健室で弁当食べたりしてたし」

「新海がいると、体調もよくなったりするのかね」

「さすがにそんなこと……」


 前に五十鈴が、俺と話すのは健康にいいとか言っていたことがあった。あれは冗談ではなかったりするのだろうか?


「体調とメンタルはつながってるんだぜ。お前のことが本当に好きだから休むほどひどくならないって説もある」

「なるほど」


 といっても、「俺の影響のおかげだろ」なんて口にするのは傲慢というものだ。俺は謙虚な彼氏でいたい。


「修学旅行、無事に行ってこられるといいな」


 守屋の言葉に、俺は深くうなずいた。


     †


「宿舎についてすぐに寝込んでしまいました」

「おいおい……」


 その日の夜、十時過ぎ。約束通り五十鈴から電話がかかってきたが、真っ先にそんなことを言われた。


「新幹線に飛行機にバスに、乗り継ぎが多すぎて疲れちゃって……」

「そういえばそんな感じだったなあ」


 去年のことを懐かしく思い出す。


「で、今はいいのか」

「二時間ほどぐっすり寝たらだいぶ回復しました」

「じゃ、みんなとは別行動か」

「夕食の時間はずらしていただきましたね。お風呂も、他の皆さんより遅れて入りました」

「へー」

「お風呂という言葉に反応しましたね?」

「してないが?」

「わたしにはピクッとした先輩の姿が見えました」

「強引すぎる捏造はやめろ」

「ほら、先輩の頭の中には一糸まとわぬわたしの姿が」

「……くっ」


 言われたせいで想像してしまった。

 病的に白い、五十鈴の肌。まっさらな姿。


「ううっ、煩悩退散!」

「必死ですね」

「お前のせいだぞ!?」

「先輩の妄想力がいけないんですよ?」

「今、えん罪の人間が追い詰められていく気持ちがわかった」

「ふふ、言葉でわたしに勝てると思わないでください」

「確かに、勝った記憶はほとんどないが……」

「言葉しか使えない電話ならわたしが圧倒的に有利なのです。自棄になった先輩が腕力に訴えてくることもありませんし」

「まるで、俺が普段から力に頼ってるみたいな口ぶりじゃないか」

「先輩が本気を出したらわたしなんて一瞬で押さえ込まれてしまいます。か弱くてか細いわたしなんて……ううっ」

「つらそうな声を出すな。俺は一回もそんなことしてないだろ」

「そこが物足りないですよね」

「はあ!? 押さえ込まれたいのか!?」

「むりやりってどういう感じなのか、ちょっと気になります」

「や、やめろ。俺を妙な道に誘惑するな」

「やってみたいですか?」

「べ、別にそんなことはないが?」

「興味はありますか?」

「嬉しそうに迫ってくるな!」


 俺は咳払いした。


「それで、沖縄はどうだったんだよ」

「予想通り暑いです。でも海がとても綺麗でした」

「いいよな、沖縄の海」

「ええ。長野は海がありませんからね。ずーっと向こうまで海しかないというのは、なんだか不思議な気持ちになります」

「初日はなにを?」

「班行動でお昼を食べたあと、講演を聴いてからホテルに移動でした。わたしはお昼を満足に食べていないんですけど」

「ソーキそば、食べてこいよ」

「明日こそ」


 つまり今日の昼ご飯はソーキそばだったんだな。


「ところで、今どこから電話してるんだ?」

「ホテルのラウンジです。消灯は十時なんですけど、必要な電話だと言って許していただきました」

「……無理しなくてもいいんだぞ」

「先輩はいつもそう言いますね。いいんですよ、わたしが好きでやってることですから。電話しないほうが後悔します」


 五十鈴がたまに見せる、自分を曲げないところも俺は好きだ。


「でも、さすがにもう寝たほうがいいな。時間かかりすぎると古野さんも心配するだろ」

「そうですね。明日をお楽しみに」

「待ってるよ」

「では、もう一回お風呂に入ってきましょうか」

「は?」

「嘘です」

「なんだったんだよ……」

「先輩によこしまな想像をさせるための言葉です」

「あっ、お前……」

「またわたしの裸を想像してしまいましたね?」

「……した」

「うふふ、素直でよろしい」

「まあ、五十鈴の水着姿は見てるし、実質裸を見たことあるようなもんだけどな」

「なっ!? な、なななな……」


 むむ、これは反撃の好機!


「おやおや? 五十鈴の顔が赤くなってるのが見えたぞ?」

「くぅ……まさか、最後の最後に逆転されるなんて……」

「俺もやられっぱなしではないってことだ」

「こ、今夜は引き分けです。また明日っ」

「おう、おやすみ」

「おやすみなさいっ」


 慌てたように電話が切れた。

 動揺する五十鈴もかわいいんだよな……。


 俺は布団に寝そべり、しばらくゴロゴロ転がっていた。

 やっぱり、五十鈴の存在を感じられれば俺は大丈夫だ。

 明日も、電話を心の支えにして頑張ろう。

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