61話 おみやげはおそろいで

 日曜日。

 十一月も進んでかなり寒くなってきた。

 もうちょっとで初雪もやってくるだろう。五十鈴と一緒に見たい。


 その日の俺は長野駅の近くにいた。

 修学旅行から帰ってきた五十鈴と会うのだ。


 ビルの脇で突っ立っていると、目の前に黒い車が止まった。窓が下りていく。


「お久しぶりです、恭介先輩」

「久しぶり」


 五十鈴が大河原さんに声をかけ、車から出てきた。

 黒いセーターに濃い緑のロングスカート。頭には白いカチューシャをつけている。


「五十鈴だ……」

「なんですか、その反応」

「いつもの五十鈴が帰ってきたんだなって」

「大げさですね。数日会わなかっただけじゃないですか」

「すごく長かった」

「重症だ……」


 五十鈴が呆れたように笑う。

 車を見送ると、俺たちは目的もなく、思うがままに駅前の通りを歩いた。


「で、どうですか? 久しぶりのわたしは」

「かわいい。清楚。私服最高」

「うわぁ……」

「引くな。純粋な感想だぞ」

「いえ、引いてはいないですよ。ただ、わたしに会えなかった反動がドバドバ出ているんだな、ちょっと怖いなと思いまして」

「引いてるじゃないか」

「すみません」


 認めやがった。


「帰ってきて休めたか?」

「昨日は少し体が重かったので、一日寝ていました。今日は本調子ですよ」

「よかった。くれぐれも――」

「無理はするな、ですね?」

「そうだ。ところで、古野さんとずっと一緒にいたのか?」

「向こうではほぼ一緒でしたね。宿でも離れなかったし」

「どんどん親密になっていくな。いいことだ」

「そう言うわりにはさみしそうな顔をしますね」


 あ、と五十鈴が気づいた顔になる。


「もしかして、わたしが古野さんを優先するようになるって心配してるんですか?」

「ちょっとな」

「さみしがり屋さんですねえ。かわいい」

「お前にかわいいと言われるのは違和感があるな……」

「でも、実際そうですよ? このこのっ、かわいい奴め」

「や、やめろ」


 五十鈴が俺の二の腕をツンツン押してくる。


「……前より気安く触るようになったじゃないか」

「それだけ進歩したということですね」

「物は言いようだな」

「先輩もわたしを触っていいんですよ」

「いや、犯罪っぽくなるから……」

「どこを触るつもりだったんです?」

「え?……あっ」


 ニヤニヤする五十鈴。また罠にかけられた。


「正直に答えていただきましょうか。ふっふっふ」

「か、肩をポンってやるとか」

「嘘ですね。その程度じゃ犯罪なんてワードは出てきませんよ」

「……くっ。だ、だから、胸とかだよ」

「素直でよろしい。でも、まだ触らせてあげません」

「わかってる」

「その時が来たら、わたしから誘導しますよ」

「そ、そうか」


 それはそれで緊張するな……。


「ど、どこか入ろう。昼飯は?」

「まだです。近くにパスタのお店があるのでそこでどうです?」

「いいよ。行こう」


 俺は五十鈴に案内されて細い路地を歩いた。いつも思うことだが、よくこういう裏路地の店を知っているものだ。


 やってきたのは食堂とラーメン屋が並んでいる一角。その横に目的の店があった。


 五十鈴を先頭に入ると、中はテーブル席とカウンター席の二つに分かれていた。五十鈴は慣れた足取りでカウンター席に座る。


「テーブルは四人がけですから、他のお客さんが来たとき邪魔になってしまいます」


 こういう気づかいが自然にできるところも、俺は好きだ。


 注文を済ませ、待っているあいだは会話がなかった。五十鈴が少し疲れているように見えたので話しかけなかったのだ。こうして、街中をぶらぶらするだけでも体力を大きく消耗する。本当に大変なことだ。俺は、五十鈴の変化に敏感な人間でありたい。


 パスタが出てくると、やはり言葉少なに食事を進めた。ミートソースのパスタはトマトの味が良く、五十鈴にもそれだけは伝えた。


「ふぅ」


 カルボナーラを食べ終えると、五十鈴が息を吐き出す。


「落ち着いたら出るか」

「待ってください」


 五十鈴は水を飲むと、スカートのポケットに手を入れた。


「大河原さんに見られない場所で……と思っていたので」


 彼女が出したのは小さな二つの箱だった。片方を受け取る。


 開けてみると、銀色のペンダントが入っていた。

 円形の飾りには浜辺の波打ち際が彫り込まれている。


「おみやげです」


 五十鈴は恥ずかしそうに言った。頬が赤くなっているのは、店の中が暖かいからだけではないだろう。


「わたしたち、おそろいのアイテムって身につけていないですよね。だからこの機会に探そうかなって。……どうでしょう?」

「すごく綺麗だ。一緒につけようか」

「いいんですか?」

「もちろん。学校でもつける」


 不安そうだった五十鈴の表情が明るく変わる。


「嬉しいです……。わたしもつけますね」

「もうみんな知ってるもんな。堂々とおそろいにしよう」

「よかった。先輩、こういうものには慎重になるかなって思ったんですが」

「前だったらためらってたかもな。でも今は度胸もついてきた。五十鈴がそうしたいっていう気持ちを大切にしたい」

「無理してません?」

「俺を信じろ」


 相手の目をしっかり見つめる。五十鈴は笑顔でうなずいた。


「今、かけてあげようか?」

「やってくれるんですか?」

「もちろん」

「じゃあ、お願いします」


 俺は箱からペンダントを出す。五十鈴が体を傾けてくれたので、そっと首にかける。


 顔を上げた五十鈴の胸に輝く、浜辺の光景。


「似合ってるよ、五十鈴」


 スッと、その言葉が出た。

 五十鈴は小首をかしげ、照れくさそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、先輩」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る