54話 五十鈴にざわつく三年生

 清明祭一日目。

 俺はクラスステージに登壇しないのでずっと席から見ていた。


 各クラスがそれぞれ工夫を凝らし、ステージを盛り上げる。中にはアイディアが思い浮かばなかったのか、みんなでヒットソングを歌っておしまい、みたいなところもあったが。


 ステージが午前中で終わると、午後は体育祭だ。

 クラス対抗リレーとか大玉転がしとか綱引きとかがあるのだが、俺は眺めているだけだった。右腕が心配だから仕方ない。


 グラウンドを見渡したが、五十鈴の姿は見えなかった。十月とはいえ日差しが強い。直射日光は極力避けているのだろう。


 俺は毎年、清明祭を見ているだけだった。今年も怪我がなければ同じだったかもしれない。


 しかし、思いがけず提案があったことにより屋台を手伝うことになった。この機会をプラスにとらえたい。


     †


「お昼はどうしたんです?」

「教室で食べたよ。守屋と」

「わざわざ守屋先輩の名前を出すあたり、友達不足が深刻ですね」

「い、いいだろ別に」


 体育祭が終わったあとの教室で、俺は五十鈴と電話していた。屋台に関わらない奴はさっさと帰っていく。おかげで電話もしやすい。


「じゃ、今日は屋台のプレオープンだから一緒には帰れないぞ」

「わかっています。頑張ってください」

「お前はまっすぐ帰るのか?」

「古野さんと少しお話ししていきます」

「順調だな」

「逆に怖いですね。こんなにあっさり友達ができていいのかと」

「ひねくれてるなあ……」


 俺だって五十鈴の立場になったら疑るかもしれないが。


「ともかく、またな」

「はい。火傷に気をつけてください」

「おう」


 電話を切ると、俺はスクールバッグを持って教室を出た。

 昇降口へ行くと、五十鈴の描いた大きな「清明祭」のポスターが見えた。パンフレットの表紙を飾っているし、学校近くの道の電柱にも貼られている。

 教室でも「イラスト綺麗だよね」といった声が聞こえてくるので、なんだか俺まで嬉しい。


「おっ、新海遅かったな」

「時間通りだぞ」

「みんなだいぶ前に来てたがな」


 すでに火が入って鉄板は加熱されていた。

 まとめ役の水野さんがこっちを向いた。髪をうしろで縛っている。


「まずは新海君、守屋君、松田君にやってもらうよ。二回目は午後の班に作ってもらう感じで」

「了解」

「オッケー」

「わ、わきゃった」


 すんなり返事する守屋、松田君に対し、俺は噛んでいた。


「新海君、緊張することないよ。今日は生徒しかいないから」

「し、しっかりやります」

「あはは、なんで敬語? ちょっと焦がすくらいなら平気だからね~」


 うう、優しさが身にしみる。


「それではやっていきましょう」


 水野さんの一声で焼きそば作りが開始された。


「俺が鉄板作っとく」


 守屋が油を広げていった。


「じゃあ、キャベツ切るか」


 俺は屋台のうしろにある台にキャベツを置いて手早く切っていった。


「おおー! 新海君、包丁の使い方めっちゃ上手いじゃん!」


 女子グループが盛り上がった。俺はビクッとする。


「そ、そう?」

「慣れてる人の手つきだね! かっこいい!」

「切り方もワイルドでいいね!」

「あ……い、一応練習したから……」

「えっ、練習してくれたの!?」

「本気じゃん!」

「この屋台に賭けてくれるとは……」


 女子がわいわい騒いでいる。俺はビクビクしつつキャベツをカットして、タマネギも用意した。


「お前、マジで練習したのな」


 守屋がニヤニヤしている。


「ホント、決まったことに対してはすげえ真面目だよな。俺なんかノリでなんとかなるだろって思ってたのに」

「人にまずいもの売るわけには……」

「野球と似てるな。恥ずかしいプレーは見せられない、だから練習するみたいな」

「そ、それだ。まさにそんな感じ」

「でもお前の真面目さは群を抜いてるよ」


 守屋と松田君が二人で麺の用意にかかった。

 三人でうまく鉄板の前を移動しながら協力して焼きそばを作る。

 そして、焦がすことなく完成させることができた。


「男子やるじゃん!」

「手際いいねー」

「思ってたより完成が早い!」


 女子勢から賞賛が飛んでくる。よかった……。


「一ついただけますか」


 盛り上がっている空間に、スッとその声は入ってきた。


「え……」


 そこに立っていたのは五十鈴だった。もちろん制服のままで、白いカチューシャをした姿で。


「おっ、ありがとう。二年生?」


 水野さんが対応に出る。


「そうです。プレオープンと聞いたので」


 五十鈴が答えた時、守屋が「あっ」と声を上げて俺を見た。

 追いかけるように五十鈴が俺を見て、ニコッとした。

 それで全員が察したらしかった。


「えええっ、この子が新海君の彼女さんなの!?」

「めっちゃ美人ー!」

「顔は知ってたけど新海君の彼女だったとは……」


 女子グループのテンションが跳ね上がった。水野さんが楽しそうな顔で俺を見た。


「新海君、さりげなくすごいところ多いよね」

「ど、どうも」


 俺は頭をかいてごまかした。


「先輩も屋台に参加すると聞いたので、どんな様子かなって思いまして」

「新海君はすごい戦力だよ~」

「明日はかなり頼ることになるかなあ」

「そうですか。先輩、自信なさそうにしていたので心配だったんです」

「大丈夫! なにかあったらあたしらサポートするから!」

「こんなかわいい彼女を悲しませるわけにはいかないからね!」

「あ、ありがとうございます……」


 鉄板越しの会話。五十鈴は三年女子にちょっと押されているように見えたが、柔らかい表情は崩さなかった。


 その横で水野さんが淡々と焼きそばを容器に入れ、ふたをして輪ゴムで閉じた。


「はい、三百円になります」

「ではこれで」

「まいど~」


 五十鈴は両手で容器を持つと、まっすぐ俺を見つめてきた。


「先輩、頑張ってくださいね」

「あ、ありがと」

「それでは、失礼します」


 五十鈴は学校の外へ歩いていった。


「礼儀正しい子だ……」

「自分が恥ずかしくなるぜ……」

「カチューシャの子から新海君の彼女って認識に変わったわ……」


 女子勢がぽつぽつとつぶやいている。とりあえず、印象は悪くなさそうで安心した。


 しかし五十鈴の奴、なんて冒険に出たんだ。アピールしたかったのだろうか?


 インパクトは抜群だったので、噂はすぐに広まるはずだ。

 そして三年生の中では、廊下で見かけるカチューシャの女子=新海の彼女というのが共通認識になり……。


「もしかして……」


 狙いはそれなのか? 俺の同級生の女子を牽制するつもりだった?


 そうすればなにも知らない同級生から告白されるという事故が起きなくなる。そんな物好きな女子、まずいないと思うのだが……。


「意外にいい組み合わせだな」


 守屋が言った。


「落ち着きある子だったし、そわそわしてるお前に必要な相手だわ」

「ま、まあな……」

「しかし、体格差がものすごいよな。押しつぶすなよ」

「どうしたらそんな状況になるんだよ」

「そりゃお前、ベッド……いやなんでもない」


 にひひと笑って守屋が焼きそばを容器に詰め始めた。こいつ、言いかけてやめること多いよな。なにが言いたかったんだよ。


 携帯が振動した。


 守屋と松田君は鉄板を見ている。女子グループは五十鈴の話に夢中だ。俺はこっそり携帯を見た。五十鈴からのメッセージだった。


『冒険しすぎました。ぐったりしてます』


 思わず苦笑いがこぼれた。五十鈴らしいと言えば、らしいけど。

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