53話 五十鈴以外の女子と話せない
清明祭の準備は着実に進み、いよいよ本番が明日に迫っている。
今日の放課後は五十鈴と別行動。焼きそば屋台を作るべく、クラスを手伝っているのだ。
「なんか悪いな」
「全然悪いことなんかないっつうの」
「そうそう。腕痛いんでしょ?」
俺は守屋と、初めて話すクラスメイトの松田君と三人で廊下を歩いていた。守屋と松田君は焼きそばの鉄板を二人で持っている。
一日目は生徒のみのイベント。二日目が一般公開だ。
あさっての午前中、男子はこの三人で焼きそばの屋台を回す。女子からは二人出てくれる。午後には第二班が交代してくれる手はずだ。
廊下を抜け、昇降口をスリッパのまま通って駐輪場を目指す。
駐輪場の自転車はすべて移動されていて、広めのスペースが確保されていた。
「あ、来た来た。こっちだよー!」
「ういーっす」
クラスメイトの女子、水野さんが手を振っている。守屋が背中を向けたまま答えた。
「ここに置いてもらえるかな」
「松田、いくぞ」
「オッケー」
せーの、と声を合わせて、二人はブロックの上に鉄板を置いた。
近くでは屋台に参加する女子四人が打ち合わせをしている。
「食材は着いてるんだよね?」
「うん、家庭科室の冷蔵庫借りてる」
「焼きそばとキャベツとタマネギと……」
「ソースは教室に置いてあるね」
「容器と割り箸も一緒にしてある」
うーん、こういうことは女子に任せるに限るな。
俺のクラスの男子はめんどくさがりが多いので、男子主体でやっていたらグダグダになるのは間違いない。
「新海君」
「あえっ、はい」
水野さんに声をかけられて、変な声を出してしまった。
「守屋君、松田君もわかってると思うけど、明日は三時半からプレオープンだからね。テストも兼ねて生徒向けに一回作るから」
「わかってるよ。任せといて」
守屋は女子と話しても自然体だ。うらやましい。
「あさっての一般公開は九時開場だから、八時半までには来てね」
「そんなゆっくりでいいの?」
「男子には作るほうメインでやってもらうから、あたしたちが準備しとく」
「悪いね。ありがと」
「新海君、腕の調子どう? いけそう?」
「つ、作るだけなら大丈夫。道具運ぶのはきついけど?」
なぜか語尾が疑問形になってしまった。焦りすぎだぞ俺。
「新海君、汗かいてるけど具合悪い?」
「へ、平気。なんか動いたら暑くなって。はは」
「ドキドキしてるんだよな、新海は」
「お、おい、守屋……」
「こいつ女子と話さないからめっちゃ緊張しやすいんだよ」
「そうなの? あたし話しづらい?」
「べ、別に……」
「話しづらそう」
「ご、ごめん」
「でも、彼女いるって聞いたけど」
「なぜか彼女とは普通に話せるので……」
「ふーん。じゃあ相性いいんだ」
俺はこくこくとうなずく。女子たちがニコニコしている。
「新海君、独特のキャラだよね」
「男子の中で一人だけ雰囲気が違うっていうか」
「女子苦手なのに彼女はいるっていう」
「私たちと話す時、声裏返ったりどもったりするよね」
「それが逆に面白かったり」
「……いつも迷惑かけてます……」
俺がしどろもどろに言うと、水野さんが笑った。
「そういう返事するところ、やっぱ変わってるよね。でも面白い」
「野球部でもトップクラスの堅物だったからなあ。女子の話とかしてても絶対こいつだけ乗ってこないの」
「へえー。ていうか守屋君、野球部で女子のどんな話してるの?」
「あ、これ地雷踏んだか?」
守屋が楽しそうに女子グループと話し、そこにときどき松田君が入るという流れができる。俺は入るタイミングがわからず、眺めているだけだった。
携帯が振動した。五十鈴からメッセージだ。
『準備が終わったのでいつでも帰れます』
ふむ……。
ここで「そろそろ帰る」と言えばそれでオッケーなのだが、みんなが楽しそうに話しているので言い出しづらい。どうしたものか。
「新海、そろそろ行ったほうがいいんじゃないか?」
タイミングをうかがっていると、守屋が素晴らしすぎるフォローを入れてくれた。
「あ、彼女待ってる?」
女子勢の問いかけに、俺は首を縦に振る。
「そっか。待たせちゃ駄目だよ」
「急いで行ったほうがいいね」
そんな言葉で背中を押してもらい、俺は駐輪場を離れた。
†
「あ、先輩が来ました。そろそろ……」
「う、うん。ありがとね。じゃあお疲れさま」
昇降口へ戻ると、五十鈴と古野さんが話しているのが見えた。古野さんは手を振って校舎の中へ入っていく。
「最近よく話してるな」
「ええ。思ったより話が合うんです」
ポスター投票の日から、五十鈴は徐々に古野さんと話すようになった。詳しくは知らないが、なんだかんだ上手くいっているらしい。
「先輩もクラスの方たちと準備してたんですよね。どうでした?」
「うん……。俺、今まで気づかなかったけど、恵まれた環境にいたっぽい」
「ほう」
「みんな気をつかってくれてさ。それが腫れ物扱いじゃなくて自然に友達と話す感じでやってくれるんだ。ありがたいよ」
「先輩が殻にこもっていただけ、というわけですね」
「厳しい言い方だ」
五十鈴はちょっと固い表情を作った。
「それで……女子とは楽しくお話ししたんですか?」
ああ、と俺は表情の理由に納得した。文化祭がきっかけで異性と仲が深まるパターンはある。俺が同級生の誰かに惚れないか心配なのだ。
「全然駄目だった。声は詰まるし汗は出るし、散々」
「緊張で?」
「そうだな。どうしても五十鈴以外の女子とはうまく話せない」
五十鈴がホッと息を吐いたのを、俺は見逃さなかった。
「それなら仕方ありません。先輩が唯一普通に話せる女子として、これからもしっかり相手をしてあげます」
嬉しそうに言う。俺は思わず笑ってしまった。
「よろしく頼む」
「はいっ」
なんとなく右手を挙げた。五十鈴は察してくれたようで、左手を出した。
パチン、と手を当てた。
「清明祭も、楽しくやろうな」
「頑張りましょう!」
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